2010年08月11日

山の中の時間

ネットも携帯もつながらない、
山の中の家。

あふれる空気、
まろやかな水、
そこかしこの緑。


そこでは、
その時々の行動に対し、
集中して向かっている
自分がいた。

話す。食べる。
見る。歩く。
感じる。

一瞬一瞬を
真剣に、大切に。

たったそれだけで、
時間の深さがぐんと増した。
1日が1週間分ぐらい
密度の濃さになった。


それに比べて
東京にいるときの自分の
気の散り具合といったら。

食べながら本を読んだり、
ネットのニュースを見たり、
他の作業をしながら
メールをチェックしたり。
人ごみに気持ちがのまれないよう、
意識を遠くに追いやって
街を歩いたり。


常にいろんな情報が
自分に飛び込んでくるのに合わせて、
自分をどんどん、分裂させて、
テンポよくいろんなことを
並行してやっていく。
それも、スマートな21世紀の生き方、
なのかもしれない。


人生のデジタル化、
モジュール化。


でも、時には、
ばらばらになった自分の意識を
かき集めて、
統合した主体として、
その瞬間を集中して生きる。

そんな時間が
人には本当はとっても必要、
な気がした。
posted by まゆか at 18:05| Comment(0) | からだ・脳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月06日

ギフト

このところ、取りつかれたように
ル=グウィンばかり読んでいる。

小さいころゲド戦記を読んで
その世界にすっかり魅了され、
数年前に読み直して改めて圧倒され、
また急に読みたくなってこの度買い直し、
一気に5冊読み通してしみじみと浸る。
ついでに彼女の新しいシリーズやSF、
エッセイ集までばかばかと買った。


初めて「西のはての年代記」を読む。
ギフトヴォイスパワーの3部作。

授かった力(ギフト)をどう使うか、
というのをメインのテーマとし、
そこに自由、創造、物語を
横糸として織り込んだ
ダイナミックで美しい世界。


3作目「パワー」の主人公ガヴィアは、
二つのギフトを持っている。

一つは過去にあったこと、一度聞いた物語を
見事にそっくり「思いだす」ギフト。
何をしようと彼の中に常にある才能。
これは母親から受け継いだ。

もう一つは未来に起こることを、
ビジョンとして「思いだす」ギフト。
こちらは子供のころはしょっちゅうあったけど、
成長するにつれて頻度が減っていく。

ガヴィアの前者のギフトも特定の個人によって
私物のように使われるだけの時期があったり、
彼の後者のギフトを訓練しようとする人に、
麻薬漬けにされたりもするが、
最後は真の物語を創るギフトを持つ大詩人
第一巻の主人公オレックに出会い、
物語を創り、保存する作業に加わる。


自分の中にも
こんな感じのギフトが二つある。
(いや、ギフトというほどのものではなく、
もっとゆるっとぼんやりとしたものだけど。)


何をしようと必ず自分の中にあるものと、
子供のころは自然にやっていたけど、
今、それを再現しようとしても、
なかなかできないものと。

後者のほうを
何とか息を吹き返させようと、もがいてきた。
そこに真の自分があるのだと思っていた。
前者のギフトを使う機会が増えると、
ただでさえ弱々しい子供のころのギフトは
消えて行ってしまうと思っていた。

でも、自分の中に既にはっきりとあるギフトを、
その形を見極めた上で、
世のためにきっちりと使っていくということは、
とても尊くそして正しいことなんだ、と、
本を読んで気付かされた。


ガヴィアの母の妹は彼にこういった。

「あんたの母さんから受け継いだ才能を
しっかりと離さないように。
もう一つの『思い出す』才能で
自分以上のことを思い出そうとすると、
自分が自分でなくなるよ。」


やっぱ、ル=グウィン、すごい。
ギフトを大切に、
そしてそれをちゃんと使っている人だ。
この本を書いたのは70後半だ。


はああ、それにしても。
どうしたもんかなあ...
posted by まゆか at 19:53| Comment(1) | 観賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夏休み

空が青くて、
蝉が鳴いて、
風が吹いて、
空気がくっきりとしている日。

うんと暑くなりそうな日。


朝、玄関を出る。
思わず大きく息を吸い込む。


夏休みの匂い。


その瞬間、
これから学校のプールに行く
小学生に戻る。


ひたすらに未来は広がり
時間は永遠にあるようで。

でも、どこかでは、
永遠でないことも
知っていた。

自由と不自由の中で、
目の前のことに
ただただ必死だった。


プールは楽しみだけど、
緊張するな。
うまく泳げるかしら。

夏休みも、そのうちに、
終わってしまう。

...


ハイヒールをはく自分の足が
視界に入って、
あわてて我に返る。

もう子供でもない。
夏休みでもない。

大人の日常が、
今日も、始まる。
posted by まゆか at 00:34| Comment(0) | 詩のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月04日

8月6日

8月6日、米国大使が広島を訪問する。

そのスピーチ原稿の作成に
紛争和解の仕事に取り組んでいる
来日中の知人が関わっているらしく、
こんな質問がやってきた。


「典型的な日本の人は、どういった内容の
スピーチを聞きたいと思うのかな?」


典型的な日本人、の意見を聞くのに
私に聞くのはまずいんじゃないか?と思いつつ、
そもそも「典型的な日本人」などいないからいいか、
と割り切り、あくまで私個人の意見だといって、
こう答えた。


まずは、原爆で亡くなった方々への、
誠実で深い哀悼の意を示す。


そして、全体のトーンとしては、
「アメリカ」が「日本」に対して行ったこと、
という捉え方はしない。

なぜなら、あの戦争においてあの原爆が
どういった意味を持つのか、というところを
問い始めても、議論はどこにもいかないから。


あの原爆がなければ戦争が終わらず、
被害はもっと拡大していたのだから、
あの原爆は必要だった、という意見がある。
アメリカではこれが主流。

それまで日本はひどいことを
中国、アジアに対してやってきたんだから
あれは因果応報で仕方がない、という意見もある。

もしあそこで原爆を落とさなければ、
人類は原爆の威力を実感しないままに
どんどん開発を続け、
冷戦中に落として、人類は滅亡したかもしれない、
なんて意見だってあるかもしれない。


そういうことではなくて、あの原爆を
「人間」が「人間」に対してやったこと、
という捉え方をすをる。

そして原子力を
人を破壊するエネルギーとして
使用することはしない、と誓う。

それを落とした側が誓うことで、
よりパワフルなメッセージになる。

そうすれば、今度の8月6日が、
過去に思いをはせる日から、
未来に向けた人類の決意表明の日へと
転換する。


米国大使がまだ広島に行ってなかった、
ということが、実はびっくりだった。

やはりオバマさんの登場を待って
ようやく実現したことだったんだなあ。

8月6日は
毎年何気なく過ごしてしまうけど、
今年は新しい時代のことを思いながら、
心の中で黙とうしようかな。
posted by まゆか at 09:19| Comment(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月02日

変数は、自分

社会的に。
常識から見て。
みんなそうだから。
あなたの幸せのために。
女だから。男だから。

...


生きていると、
いろんな言葉が
ふりかかってくる。

たとえ善意からの発言でも、
いや、善意だからこそ、
とても深く傷つく。

価値観の押しつけって、
時に驚くほど
暴力的になるから。


でも、言っている側は
純粋にそれがいいと
信じて言っているから、
そこを変えようとしたって
とうてい、無理。

何を言われようと
結局は自分は自分の生き方しか
できないのと同じ。


だから、そんな時は、
危険な枕詞が出てきた瞬間に
さりげなく身構えて、
次に出てくる言葉に
心を無防備にさらさないようにする。

それでも、思わず
心に言葉を入れてしまったら、
ゆっくり呼吸して、
息と一緒に外に吐き出す。

相手に対して
どうこう思うのではなく、
ただただ自分の中を
きれいに冷静に保つ。

時には筋トレとかして
鍛えておくといいかも。


そして、せめて、
自分がやられて嫌なことは
人にやらないように、
人の生き方に
ゆがんだ介入をしないように、
細心の注意と思いやりを持って
人に接するよう心がける。


自分が動かせる変数は
自分だけ、だから。
posted by まゆか at 22:26| Comment(0) | 詩のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月01日

「問題解決」

昨年3月に受け持った
医学部生向けの短期集中講座の講義を
今年もやることになった。

今年は、昨年自分で考えて作った
プレゼンとインタビューの講義に加え、
「問題解決&戦略的思考法」
という講義も担当。

問題解決の講義は
この短期集中講座が
立ち上がった2003年ごろに
一度担当したことがあるし、
代々受け継がれたよくできた資料もあるし。
ということで、
ほいほいと気軽に引き受けてしまった。


...これが大変だった。


まず、2003年と2010年の自分の違いを
もっとちゃんと認識すべきであった。

2003年。
2年半という短い期間ながら、
非常に濃密なロジックの世界で
朝から晩まで過ごした、その直後だ。
自分もまだ「問題解決」やら「戦略的思考」やらの
思考回路の中で生きていた。
だから講義は簡単だった。現在進行形だから。

それから7年。
そんな思考回路はもう錆付いて
あるかなきかになっていた。

その頃の自分を
自分の中に何とか見つけ出し、
すぐいなくなってしまいそうなところを
何とか呼び止めて、対話を重ね、
今の自分の中に、
せめて回路の跡だけでも残るよう、
ふんばる。これはなかなかに大儀だった。


それと、やっぱり、
人の作った資料、というのは、
どうもよろしくない。

考える過程でスライドを削除したり、
内容を変えたりしたものの、
表面をなでるだけの手の入れようでは
心がこもりきらない。

スライドの説明をしつつ、
「私はただこれを説明するだけの役割」
という気持ちが常につきまとって、
書いてあること、言っていることから
自分が距離を取っているのがわかる。

自分が話しているのに、
自分の言葉でないような。


さらには。
この7年の間に
問題解決や戦略的思考といった
ロジカルシンキングの切れは
やたらと鈍くなったけど、
逆に、もしかしてそれがゆえに、
見え、聞こえるようになったものもある。

それらを改めてきちんと掘り起こし、
言葉にしていき、この講義にも
盛り込んでいくべきだった、
という気が、とてもしている。


「問題解決・戦略的思考法」の
既存の資料にに書かれていることは
長年にわたる知恵の結集なので、
私の話の仕方がどうであろうと、
内容自体の価値は減ることもない。
だから学生さんたちは、
喜んでくれた(ように思う)。

でも、今後もし講義を
引き受けることがあったら、
時間はかかるかもしれないけど、
自分の言葉で資料を作り直そう。

それによって既存の資料より
しょぼくれてしまったって構わない。


私が話せるのは、
私が本当にわかっていることだけ。

いくらすごいことを言っても、
そこに話し手の頭と心が伴わなければ
その言葉に力はこもらない、から。


いずれにしろ、
教えるというのは、
大きく教わることだなあ、と
今回もつくづく思いました。
posted by まゆか at 22:52| Comment(0) | 働き方や考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月30日

もどかしさ

なんだかなあ。


自分はどうありたいか。
自分は何をしたいのか。

大体の感覚はつかめてきたと
思ってたけど。

まだまだ、だ。


外からの刺激で
すぐふらふらする。
あっちへ、こっちへ。

はっきりとわかりやすいものが
提示されると、
心の根っこの近くにあるけど
まだよわよわしいものを、
簡単におざなりにしてしまう。


一つ一つ行動におとし、
日常に組み込んでいかない限り、
ちゃんと自分の中に
根を張っていかない。


どうしてこんなに、
時間がかかるんだろう。

どうしてまだ
未来の自分や環境の変化に
期待しちゃうんだろう。


自分にあるのは、
今の自分だけなのに。

もう、やるだけなのに。


自分がもどかしくて、
情けなくて、
泣きたくなる。
posted by まゆか at 02:25| Comment(0) | 近頃思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月24日

怒る、ということ

怒る、ということを
考えてみる。


ちょっとむっとしたり、
違和感で心がざわついたり。
日常茶飯事の小さな怒り。

風が吹いてくれば、
日差しに当たれば、
心のざわさわも、
日々の流れの中に溶けていく。


怒っているけど、
本当はかなしんでいる、
という怒りもある。

怒りながら泣いてしまうような。

この種の怒りのほとんどは
特定の誰かとの間の
関係性の中で出てくる。

やるせない気持ち。失望。
自分の内側に降りてくる、
ネガティブなパワー。

深く息を吸ってはいて、
心を静かに強く保つ努力をする。
怒りが発するパワーに、
体ごと飲み込まれないように。


そして、滅多にないけど、
まじで、純粋に
怒るときがある。

体中の細胞がどっと沸騰して
蒸気がすごい勢いで
外に向かって出ていく。

もしかして、私、雨ぐらい
降らせられるかもしれなくてよ。

相手がどうとか、
関係性がどうとか、
そんなことはふっとんで、
自分というものが
むくっと立ち上がって叫ぶ。


どんなにちっぽけでも、
どんなにくだらなくても、
これは私の人生。

わけわからなかろうが、
なんだろうが、
私は生きて、
ここに立っている。
存在している!


もはやそれは
怒りというよりは、
自分の存在を、
尊厳をかけた
世界に対する所信表明。

怒ることで
逆に地に足がつく感覚。
posted by まゆか at 13:24| Comment(2) | 近頃思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月19日

永遠の瞬間

何もかもが
完璧に思えた瞬間。


パズルのピースが
ぴたっとはまるかのように
すべてが調和の中で
しっかりと大地に根付いた。

世界はぐんと濃さを増し
その濃さの中で
息をして生きていることに
ただただ感謝した。

過去も現在も未来も
同時に存在して
永遠が凝縮されて光っていた。


でもそんな時間も、
次の現在になったとたんに
急に光を失う。

すべてを巻き戻して
あの瞬間に戻りたいと願っても、
所詮はかなわぬ夢。

永遠は再生できない。


光と陰、
完成と崩壊は、
常に隣り合わせ。

真っ暗になった、
ばらばらと崩れた、
その時から、
次の調和と統合への
道のりが始まる。


だから、
かなしくても、
自分を鼓舞して、
とにかく、歩き続ける。

あの瞬間が、
心に灯してくれた
火を頼りに。
posted by まゆか at 15:30| Comment(0) | 詩のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月30日

日常の中の奇跡

s-P1010912.jpg

待ち合わせがずれて、
ぽかっと空いた30分。

仕事が終わり
夏の空気を
吸いこみたくなって
ぶらりと外に出た。


空が紅く輝いてる。

自分の心も
夕陽色に染まってく。


たった数分間の
日常の中の奇跡。


そこにいあわせた偶然に。
こんなにも美しいサプライズを
くれた世界に。


ありがとう。



※先週の出来事です。
posted by まゆか at 18:51| Comment(3) | 詩のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。