2010年09月16日

名前

日本人の名前って、
すごく凝っている。

いろんな音があって
漢字があって
組み合わせることで、
ものすごい場合の数になって
その上、画数をどうするかだとか、
時代に合うかどうか、とか考え出すと
もう大変なことになる。

自分には経験はないけど
聞く限りにおいて
多くの人が自分の子供には
ものすごい時間をかけて
心を込めて名付けてる。


でも、アメリカの名前って、
非常にシンプルだ。

女の子なら、
サラとかジェニーとか
キャサリンとかナンシーとか。

男の子なら
マイケルとかジョンとか
ジェフとかポールとか。

正確なところはわからないけど、
男女それぞれ、
せいぜい50ぐらいの
パターンしか
ないんじゃないだろうか。


私の行った大学院は
国際色豊かだったので、
非アメリカ勢により
名前のバリエーションが
一気に増えていたけど、
それでもジェフもデイビットも
サラもジェニーも何人かずついた。

きっとあの国の人たちは、
他にはない唯一性みたいなのを
名前の中には求めていない。


それは単に
仮名と漢字があって
しかも漢字の読み方も
いろいろありえて、
という日本語と、
アルファベットしかない英語という
言語の違いなのか。

それとも、人なんて
それぞれが圧倒的に違って
唯一無二なんだから、
名前なんて一緒だろうと
違おうとどっちでもいい、
とアメリカ人は思い、
ずっと島国で、
植民地になったこともなく、
似たような姿かたちの人が
いっぱいいる日本では、
せめて名前で差別化しよう、
という潜在意識が働くからか。


中国はどうなんだろう。
インドは?ブラジルは?
ケニアは?フィジーは?

そういえば日本だって
昔、子供がたくさんいた時代は
一郎、次郎、三郎みたいに、
さくっと名付けていたんだった。


言語や宗教、歴史、
人口や人の捉え方、
みたいなことが
入り交じって、
国によって
時代によって、
名前に関する考え方が
変わってくるんだろうなあ。


それをいうなら、
いつから、人は子供に
名前を付け出したんだろう?
posted by まゆか at 21:54| Comment(0) | 近頃思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月12日

上乗せ

ビルの前で
エンジンをつけっぱなしで待つ
黒塗りのハイヤー。

どこかの会社の
えらい人が乗る
社用車だろう。


これって、たぶん、
効率的経営の観点から見たら
むだ、の部類に入る。

個人的には、
専務以上には当然のように
専用の社用車がつく、
とかいう会社より、
次期社長の方が、
わいわいごはんを食べた後に
「ではー」といって、
人混みの中をJRの駅に向かって
てくてく歩いていく(実際の話)、
みたいな会社のほうが、好きだ。

でも、全部の会社が
経費を切り詰めて、
むだをそぎ落として、
必要なことしかやらない、
ということをやったら、
どうなるんだろう。


むだ、があるから、
「必要」以上にお金を払う
人や組織があるから、
そこを支える産業が成り立ち、
雇用が生まれ、
消費へとつながり、
さらなる産業、雇用を創り出す。

ちょっとした上乗せ、
があちこちでなされるからこそ
社会は全体として、
潤滑にまわるようになる。

部屋に花を飾ると
心まで少し明るくなるように。
花なんて部屋の機能としては
全く必要ないのに。


同じように、それぞれが、
ほんのちょっとだけでも
気持ちを上乗せして
まわりに返すように心がけると、
社会のめぐりもまろやかになる。

具合が悪くなっている
通りがかりの人を助けたり、
掃除のおばさんに挨拶したり、
目の見えない人に
少し肩を貸したり。


だからといって、
バブル期みたいに
ドンペリとブランデーを混ぜて
バケツ一杯100万円、
みたいなむだも、
社会の潤滑油となる上乗せ、
かというと、
それはなんか違う気がする。

同様に、
あまりにも無理して
人助けをしようとしたりするのも、
きっとなんか違う。


お金も気持ちも、いや、
お金も要は気持ちかもしれないけど、
自分の心にとって、
組織にとって、
無理のない範囲での上乗せであれば、
社会の血行をよくする、
ってことかもしれないな。


はて。

ハイヤーは
潤滑油なんだろうか。

それとも、
バブル期のカクテル、
なんだろか。
posted by まゆか at 17:16| Comment(2) | 近頃思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月05日

この暑さで
青虫が大繁殖したのか、
自分がぼんやりしていて、
今年まで気付かなかっただけなのか。

このところ、
やたらとたくさんの
蝶を見かける。
それも、とてもあでやかな。


漆黒の羽の上に、
さんご礁の海のような
青い斑点を輝かせる蝶。

腕の良い絵師が
とても細い筆で、
丁寧に描いたかのような
精巧な文様を持つ蝶。


熱されたアスファルトの上を
蜃気楼のように
ゆらゆらと舞っている。

次の瞬間には
ふっと消えていきそうな。
はかなく妖しい美しさ。


確か源氏物語には、
黒い蝶は、
物の怪の前兆、という
記述があった。

言われてみると、
死者との距離がぐっと縮まる
お盆が過ぎたあたりから
蝶が増えた、ような...


まだまだ妙に暑いけど
夏はもう終わりに
近づいている。
posted by まゆか at 19:49| Comment(0) | ちょっとした発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月26日

夜風

s-P1020285.jpg

夜風に吹かれながら、
街路樹やビルのてかてかと光る
どぎついイルミネーションに
照らされながら、
徐々に耳に心地よくなってくる
中国語の喧騒を聞く。

どことなく漂う
豚の甘めのベーコンのような
蒸したシュウマイのような
雑多な匂いをかぐ。


突然、いつもと違う五感に
刺激されて、
なんともいえない解放感が
心の底からつきあがってくる。


大きな地球の上に、
誰でもなく、いる、
でも、ここにいる
ちっぽけな自分。


自分で自分を
しばりつけていた紐が、
ばらばらとほどけていく。

まっさらな状態に戻る。
posted by まゆか at 20:59| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月25日

上海雑感・続

外灘地区には、古く美しい
西洋建築がずらっと並んでいる。

上海が列強に占領され、
かなしくも華やかで、
モダンで雑多な文化を育んだ時代の遺産。
これらの建物の上には、
かなり執拗な感じで、
五星紅旗が立てられている。

外灘から川をはさんで向かい側の
浦東の高層ビル群は、
にょきにょきと
ただビルとして立っているだけなのに。


そういえば
中国の内陸部で訪れた
チベット族の村の建物にも、
カラフルなのぼりにまけじと、
一番高いところに、
五星紅旗がはためていたのを思い出す。


twitterやGoogleブログの
「表示できません」もそうだけど、
どっからどうみても、
自由な消費社会を歩いていると思ったら、
突然ひょっこりと国家が顔を出してくる。


ちなみにFacebookも
中国ではブロックされているそうだ。

要は通りの上だろうと電脳上だろうと
人が意見を表明し、
それを多数の人と共有しうる場はご法度、
ということなんだろうな。


s-P1020221.jpg
[外灘の五星紅旗]

s-P1000893.jpg
[チベット族の村の五星紅旗]
posted by まゆか at 17:55| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月23日

上海雑感

我現在在上海。


上海に来るのは二度目だが、
一度目はかごの鳥で、
ほとんど街を見る機会がなかったので、
実質初めてといってもいい。


地下鉄に乗って、
世博の集客でどこもかしこも
うじゃうじゃと人がいる街を、
焼け付く暑さの中、
ぐるぐるとまわってみる。


なんか、自由だなあ、と思う。
みんな好き勝手にやってる。

まわりに人がいようと何だろうと、
行きたい方向に歩き、
しゃべりたいときに大声でしゃべり、
食べたい時に食べて、
着たい服を着て、
座りたいときに座ってる。

無言でぶつかってこられたり、
車が赤信号の中を走っていると
日本では、むっとしたり、
びっくりしたりするけど、
自分も人を気にするモードを
完全オフできるから、
なんとも思わなくなる。


気にするのは自分の安全と欲望。
それでいい。これは楽だ。


一方で、宿泊先にて、
Googleのブログをみようと思ったら
「Internet Explorerでは
このページは表示できません」
と出た。

ああ、そうか、これがかの有名な
中国政府によるGoogleシャットアウトか。
(Gmailは使えます)

ためしに自分ではやってないが、
twitterをみてみると、
うん、これもまた「表示できません」。
なるほど。

そのページに書かれている
「可能性のある原因」には
いつもどおり、
•インターネットに接続されていない。
•Web サイトに問題が発生している。
•アドレスに入力の間違いがある可能性がある
としか記載されていない。
どれも真実とは違うような...


なんかすごいよなあ、
この自由と不自由のギャップ。


25元(500円)のアイスクリームが売っている
通りから一本入ると、
2元(30円)の冷たいそばが売っていて、
歩く人たちの装いもがらっとかわる。


いろんなステージにある
いろいろなものが、
いろいろなスピードで
雑多なまま同居している。

人々は戸惑うこともなく
引き裂かれる気持ちになることもなく
平気な顔ですべてを吸収する。
そしてどんどん、前へ進む。
posted by まゆか at 17:57| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月19日

宿題

あれれ。
そういえば。

8月の終わりまでに
本業以外で、
やるはずだった仕事っぽいこと。


ひい。ふう。みい...
よん...ご?

うう。結構ある。
しかもどれも、
一つ一つが、
かなりボリューミー。


8月ってなんとなく
学生の頃の感覚で、
いつもより時間があるような気がして、
ほいほいと8月中にやりまーす、
みたいなこと言ってたけど。

そもそもまとまった夏休みは
とってないし、
小旅行、夏のイベント的企画が
ぽこぽこ入っている。

そうか、普段より
とりわけ時間がある、とか、
そんなのは幻想だった。

その上、どうしても、
休みだ、という感覚にふんわり包まれ、
気持ちがしゃんとしない。
あ、これはいつものことか。


夏休みの宿題を
8月も半ばを過ぎたあたりに、
ようやく改めて眺めてみて、
その量の多さに
いまさらどきっとしている
中学生みたい。


いくら暑くても
季節の変化は正直。
もう蝉はその時を終えた。
夜は秋の虫の音が響いている。


夏の終わりが、近づいている。


ああ。終わるんかいな...

しかたない。
締め切り引き伸ばし作戦、開始だ。
posted by まゆか at 23:43| Comment(0) | 近頃思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月16日

不穏

ちょっと、暑すぎない?

猛暑、というよりは、
妙にへんな暑さ。

気温がやたら高いとか、
湿度の高さが加わって
不快指数が増す、とか、
そういうレベルじゃ
もはやない感じがする。


これはやばい。
このままいくと、
本当にやばい。

空気の叫びが、警報が
びりびりと伝わってくる。

不穏な感覚が
カラダをかけめぐる。


人間の自分勝手な活動を
ゆうゆうと飲み込む
自然の懐の深さも、
もはやこれまで。

最後までふんばっていた
バランスのたがが
外れてしまったような。


冷房は28度に設定しましょう。
電気はこまめに消しましょう。
ペットボトルはリサイクルしましょう。

そんなちまちまとこつこつと
省エネしたところで、
CO2削減に励んだところで、
とてもこれは追いつかない。

大体そんな精神で
今日みたいな日に
世界のために、とかいって、
冷房を切ったりしたら、
即熱中症だ。いのちだって危ない。


電気の供給の仕組みを
丸ごと変えて、
いくら人が使っても、
地球に負荷をかけないような
根本的な設計のし直しを
しなくちゃいけないんじゃ
ないんだろうか。

そのための技術は
人類はすでに全て、
手にしているだろうに。


こんなこと、
ぶつぶつ言ってても、一ミリも
世界はよくならないんだけどね。

いやあ。暑い。
やばいって、これ。
posted by まゆか at 21:09| Comment(0) | 近頃思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月15日

マントラ

ああ、しんどい。

どうして、いつも
こうなっちゃうのかな。

深くため息。

胃がきりきりする。


でも、わかってる。

誰のせいでもない。
すべては
自分から始まっている。


それを望んだ自分。

妥協ができない自分。

こういうふうにしか
生きられない自分。


だったら、
それにより生じる
もろもろのことも
丸ごと受け止めるしかない。

覚悟するしかない。


「起きていることには
すべてに意味がある」


大切な知人から与えられた
人生のマントラを唱え
ぐっと腹に力を込める。
posted by まゆか at 22:12| Comment(2) | 詩のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月13日

ある日の天使

それなりに前のこと。

そう、あれは、
ワールドカップで、
日本がデンマークに勝った
次の日だった。


外でのミーティングの帰り、
夕方ごろ、電車に乗った。

あいている席に座ってから、
横のおじさんが、
ホームレスっぽいことに気づく。
軽く異臭がして、
ちょっと酔ってもいる。

これは立って他のところに
行こうかなあ、
でもそれはあからさまかしら、
座っちゃったし。どうしよう。

なんてことを
ぐるぐる考えてたら
前の席に、制服を着た
ちっちゃな男の子が座った。
6歳ぐらい。

手に、紙で作った
サッカースタジアムを持っている。
日本、デンマークという
文字が見える。


それを目にしたおじさんが
うれしそうに男の子に話しかける。

「ぼうや、それ、
日本が勝った試合、作ったんか」

その後、堰を切ったように
日本・デンマーク戦のことを
話し始める。

本当にサッカーが好きらしく
いろいろと話しまくっているが、
全体としては、
はっきりいって支離滅裂。


うわー、おじさん、
とまらないよ。
わけわからんよ。

私はなるべく
関わりを避けようと
視線を落とした。


男の子は大丈夫かしら、と、
こっそり前を見ると、
その子は特に動じる様子もなく、
この人よくしゃべるなあ、
みたいな顔して、
まっすぐにおじさんを見つめている。

そして自分が降りる駅がくると、
すっと立ち上がって、
しゃべり続けているおじさんに、
にこっと笑って言った。


「でも、とにかく、
日本が勝ってよかったね」


ものすごく、はっとした。

自分が恥ずかしかった。


私はそのおじさんと自分との間に
線を引いた。
自分とは違う人だからと定義し、
世界が交わらないよう、
壁を厚くした。視線をそらせた。

あの子は、壁を作ることもなく、
無理にわかろうとすることもなく、
おじさんに、
ただただそのまま向かい合った。

最後には、
おじさんもその子も
おそらく共通に抱いていた
あの試合への思いを
言葉としてさらりとおいていった。


「勝ってよかったね」


なんとなく
ぎこちなくなっていた
車内の空気まで、
ふっとやわらぐ。


自分も誰も、
あれくらいの年の頃は
自然といろんなものに
つながっていたのかな。

それともあの子が、
天使だったのかな。
posted by まゆか at 23:23| Comment(2) | 近頃思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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