2012年10月15日

ギリシャと日本

実に1年半ぶりのブログー


ジョージタウン大学時代の友人で
ギリシャ出身の子がIMF総会の関連で日本に来た。

彼女から今のギリシャの大変な状況を聞いた。

若者の失業率は50%。
みんな職がない、あったとしても給料は支払われないことが多い。
システムは完全にcorruptしていて、
新しい税金がどんどん課されて、
そのお金は一握りの権力者たちのところに流れ込む。

ほとんどの外資がギリシャのオフィスを閉め、
未来に絶望して大量にエリート層が外に流出しているから
他のヨーロッパ諸国で就活しても
「またギリシャからの履歴書か」という感じで扱われる。

上層部は腐敗してるけど、
普通の役人とか企業の人もすごくまじめで、
給料が出なくても大幅にカットされてでも
やるべきことはやる、という感じで一日12時間働いたりもしてる。
なのにギリシャ人はみんな怠惰だという印象を持たれている。
どうにもやりきれない。

学歴があってもどうせ仕事がない。
だったらお金もないし
子供を大学なんて行かせなくていいんじゃないか、と
教育への投資まで先細りしつつある。

息を呑むほどに美人で頭もすごくよくて
学歴も完璧な英語ネイティブな彼女ですら
どんどん絶望的な気分になってきて、
「もう私は一生まともな仕事なんて得られない」と思っていたそう。
「気道に石をつめられているような」毎日だった、とか。

ある時友人の結婚式でパリに行って、
気分がちょっと晴れて、たまたまそこで紹介された人との縁で、
今はスイスの世界経済フォーラムで働いている。

"Thank God, that I was able to leave the country"
といいながら、本当はとても母国が好きな子だから、
思い出しながら涙を浮かべていた。


こんな完璧な彼女が、もう未来なんてない、という
絶望をするほどの状況って、何なんだろう。

しかもたったの2年で、そうなった。
2年前にロンドンで会ったときは、
ギリシャでの生活が楽しいと言っていたのに。

一度どっかの歯車が狂うと
全体が連動してバランスが崩れて
その崩れたところを利用する人たちが出てきて、
そうすると、これまでのたくさんの人の努力をあざ笑うかのように
積み上げてまわしてきた生態系がまるごと壊れてしまうんだ。


で、その美しい彼女は、
1週間の滞在で日本に完全に恋をした。

「何もかもあるすごい大都市なのに、
清潔で、人が親切で、隅々まで美意識が行き届いていて、
サステイナブルな考え方で、
こんなに外国に行って感動したことない!」

日本に来て、やっぱり人生ってすばらしい、と思えたんだって。
英語の先生だろうと何だって仕事はあるんだから、
怖がることはない、と思えたんだって。
黒い雲が晴れたんだって。


既得権益のしがみつきっぷりはすごいし、
テトラポットとか電線とか超醜いし、
パチンコが30兆円産業だし、
自殺も多いし、同調圧力が強くて息が苦しいけど。

でも、もし彼女にそんな感動を与えられたなら、
それだけでもこの国の出身でよかったなって、心から思えた。
posted by まゆか at 22:08| Comment(3) | TrackBack(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月14日

ノーベル平和賞

ノーベル平和賞って、
平和に貢献「した」人に
あげる賞だと思ってたけど。

この2年ぐらいで、
その人がどうかということより、
賞をあげることがもたらす
社会へのインパクトの大きさを
重視するようになっている気がする。


去年はオバマさん。
確かに核のない世界を唄った、
プラハのスピーチは
勇気ある美しいものだったけど、
それだけで受賞に値するかは、疑問だ。

それよりも、
「賞をあげるんだから、
これからも本気で、
核削減に取り組みなさいよ」
というオバマさんへの
プレッシャーと激励に見えた。


今回の劉さん。
個人としても、すごい実績が
あったのかもしれないけど、
(正直よく知らない)
中国政府に現在投獄されている、
という事実こそが、
最大の授賞理由、に違いない。

これは劉さんへというよりは
彼が対峙する中国への
明確なメッセージだ。

「世界は、
劉さんたちのほうに
ついています。」


より未来志向に。
より能動的に。

「賞」自体が力を持って
一人で歩き始めている。


それが世界にとって
いいことになるのかは
ずっと先になってみないと
わからない。

でもそうやって、
何かが変わることで、確実に、
明日の世界の形も変わる。
posted by まゆか at 18:13| Comment(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月07日

生物多様性

生物多様性。

私の中では、
とても美しい言葉として
記憶されている。


熱帯雨林の研究に人生をささげた
日本人の研究者がいた。

歩けども歩けども、
行くたびに新しい種がわんさか
「発見」される熱帯雨林の中で、
進化は多様性がある閾値を超える時に
生まれるんだ、ということを
身を持って体感する。

だから多様性の宝庫である、
熱帯雨林の保全は
あらゆる種の未来のために、
とても大切なんだ、ということで、
「生物多様性」の重要性を
熱心に説いていたそうだ。

1997年、熱帯雨林に向かう
彼の乗った飛行機が墜落。
帰らぬ人となった。


この度の国際会議で、
ああ、ようやく、
世界は動きだすんだな、と思った。

とはいえ、
焼き畑農業で生計を立てる
人々を抱える途上国と、
森林を保全したい先進国の対立、とかは
当然あるんだろうなあ、
と予想していた。


もっとすごかった。


現在の最大の議論ポイントは、
ある国原生の草や生物から取り出した
成分を使って企業が
薬やら何やらを作った場合は
特許と同じようにその国に
ライセンスフィーを払うかどうか、
払うとすればどういった仕組みが必要か、
といったことに集中しているそうだ。

確かに、巨大製薬企業が
世界中をどしどし「開拓」して
そこで発見した種を用いて薬を作り
自分だけ荒稼ぎをするという構図は、
あまり美しい印象はないし、
何らかの規制なりなんなりが
必要なのかもしれないけど。


でも、それが「生物多様性」の
最大の議論って、
なんかヘンじゃない?

いかに森林を守れるか、
海を守れるか、
そのために現実の生活とは
どう折り合いをつけるか、
そういうことを話しあうんじゃないの?


「生物の多様性をいかに維持するか」
という議論が、いつのまにか、
「多様な生物をいかに使うか」という、
人間が主語の議論にすり替わってる。


しかも「生物」といった時には、
マサイ族の草、とか、
海のプランクトン、とかだけじゃなくて、
病原菌とかウィルスとかも含まれるから、
例えば、野口英世の黄熱病研究が
あのまま続いて薬になったら
病原菌代としてガーナに特許料を払う、
なんてことも起きうる。

いずれHIVウィルスの「原生」をめぐって
いろんな国が争い出すかもしれない。

将来のライセンス収入を狙って、
こっそりと新種の病原菌を
つくってしまうかもしれない。


...



無限の宇宙の中で、
奇跡的に生まれたこの美しい星の上で、
いったい人間は、
何をやっているんだろう。
posted by まゆか at 19:23| Comment(3) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月29日

夢の話

センカク問題のせいか、
こんな夢を見た。


どこか大きな会場にいる。
まわりはスーツを着た
日本のおじさまがたくさんいる。

グループに分かれて
それぞれ議論をしましょう、
という企画で、
私はあるグループの
ファシリテーターだったようだ。

議論の間の風景は
ぼんやりしているけど、
議論が終わったあと、
話しかけてきた同じグループの
(現実には知らない)おじさまのせりふは
くっきりと耳に残っている。
まるで夢じゃないみたいに。


「いやあ、うちのグループは
主催者の意図とは違って、
『国益』とかそんな話に
ならなかったですねー」

「だって、『国益』とか言う前に
要は一人一人がどうちゃんと生きるか、
ですもんねー。結局のところ」


こんなおじさまが
たくさんいる「国」に
現実も、住みたいよ。

そして、そうなるように
自分にできることを
していかなくっちゃ、ね。

未来のために。
posted by まゆか at 08:34| Comment(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月04日

8月6日

8月6日、米国大使が広島を訪問する。

そのスピーチ原稿の作成に
紛争和解の仕事に取り組んでいる
来日中の知人が関わっているらしく、
こんな質問がやってきた。


「典型的な日本の人は、どういった内容の
スピーチを聞きたいと思うのかな?」


典型的な日本人、の意見を聞くのに
私に聞くのはまずいんじゃないか?と思いつつ、
そもそも「典型的な日本人」などいないからいいか、
と割り切り、あくまで私個人の意見だといって、
こう答えた。


まずは、原爆で亡くなった方々への、
誠実で深い哀悼の意を示す。


そして、全体のトーンとしては、
「アメリカ」が「日本」に対して行ったこと、
という捉え方はしない。

なぜなら、あの戦争においてあの原爆が
どういった意味を持つのか、というところを
問い始めても、議論はどこにもいかないから。


あの原爆がなければ戦争が終わらず、
被害はもっと拡大していたのだから、
あの原爆は必要だった、という意見がある。
アメリカではこれが主流。

それまで日本はひどいことを
中国、アジアに対してやってきたんだから
あれは因果応報で仕方がない、という意見もある。

もしあそこで原爆を落とさなければ、
人類は原爆の威力を実感しないままに
どんどん開発を続け、
冷戦中に落として、人類は滅亡したかもしれない、
なんて意見だってあるかもしれない。


そういうことではなくて、あの原爆を
「人間」が「人間」に対してやったこと、
という捉え方をすをる。

そして原子力を
人を破壊するエネルギーとして
使用することはしない、と誓う。

それを落とした側が誓うことで、
よりパワフルなメッセージになる。

そうすれば、今度の8月6日が、
過去に思いをはせる日から、
未来に向けた人類の決意表明の日へと
転換する。


米国大使がまだ広島に行ってなかった、
ということが、実はびっくりだった。

やはりオバマさんの登場を待って
ようやく実現したことだったんだなあ。

8月6日は
毎年何気なく過ごしてしまうけど、
今年は新しい時代のことを思いながら、
心の中で黙とうしようかな。
posted by まゆか at 09:19| Comment(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月22日

変わり目

いやー、大変だなあ、と思う。


オバマさん。


未曾有の金融危機が
ようやく落ち着いたか?
というところで、
またギリシャを発端に
市場はぐらぐらだし。

イラクは少し出口が見えてきたかも、
と思ったら、
アフガニスタンが急速に悪化するし。

北朝鮮は、それって戦争?!
みたいなことをしかけてくるし。

イスラエルは人権団体の人が乗った船を
攻撃しちゃうし。
そんな隣国がいる限り、
イランは核開発とめるはずもないし。

そして極めつけ。
深海の原油発掘現場の事故。
メキシコ湾に広がる大量の原油。
回収の見込みが立たない中、
自然も漁業も観光も
誰もが当初予想していたレベルより
はるかに大きく長期的な被害が続きそう。


普通、こんなに、次々と
大変なことが、起こったっけ?


たぶん、だけど、
これまでの世の中が、
少しずつ無理してやってきたことや、
見ないふりをしてきたことが、
社会のあり方が変容してきている
このタイミングで
どどどーっと、どす黒い原油のように、
噴き出しているんじゃないかしら。

ものすごい忙しくて
心も体も無理して働いている間は
へんな緊張で不調にも気付かないけど、
ふとゆるんだ瞬間に
首がまわらなくなったり、
胃が壊れたりする人の体みたいに。

それにブッシュさんの
やりたい放題のつけが、
どさどさと。
やっぱ、あの政権はまずかったねー。


金融危機も今回の原油漏れも
見方によっては、
人が人らしく、
地球と一緒に生きていくための
大きなきっかけになりうること。


そしてそんな時期だからこそ、
オバマさんみたいな人が
アメリカという国の
トップになったんだろうな。

銃万歳、
従わない国には原爆落としちゃえ、
中絶は殺人だ、
進化論は神の冒涜、
みたいな極端で明快な議論が、
またもや勢いをつけてきている。

でも、なんとかここでふんばって、
明快な議論に流れず、
賢い決断を辛抱強く
積み重ねていってほしいなあ。

はああ。
posted by まゆか at 21:36| Comment(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月24日

The Hurt Locker

先週のことになるけど、
仕事帰りに会社ご近所の友人と
ハートロッカー(The Hurt Locker)を
観に行った。


...


しばらく言葉を失った。

いろんなこと、考えて、
頭が痛くなった。


イラク戦争。

どんな戦争も
何らかの意図をもとに
人為的に始められるものだけど、
それでもあの戦争は特別に
「敢えて始めた戦争」
という色が濃い。

つまりは、
始めない、という選択肢も、
十分に有り得た、ということ。

そうして敢えて始めた戦争が
もたらした被害の大きさ。
その壮大なむなしさ。

サダムフセイン政権の崩壊が
当初の目的だったとは、
もう思い出すのも困難なほど、
今、アメリカ軍(と同盟軍)は
戦争を始めたがゆえに新たに生まれた
憎しみという「敵」と戦っている。

それは、
砂漠に潜むスナイパーとして、
街の自爆テロとして、
少年の投石として、
時に姿を現すが、
いつもは蜃気楼のように
ゆらゆらと実体を持たない。

そして戦いを続けるほどに
個別の作戦では勝利を重ねるほどに、
「敵」は増大していく。

視界が常にぼやけた、
終わりのない、戦い。
命は日常的に失われ、
関わる人々の心のたかが、
少しずつ外れていく。


一体、なんだったのだろう。
あのイラク戦争とは。
大きな、ため息が出る。


それから、アメリカ。

軍事力でもって
無理やりに人の国を民主化しようとか、
はちゃめちゃな政治的決定がなされる、
その一方で、
アメリカという国を客観的な目で捉え、
こういう素晴らしい映画を作る人がいて
そしてそれがアカデミー賞を取る。

それはきっと、
アメリカの社会としての
懐の深さであり、
映画などを含んだメディアが、
力強く存在している、
ということなんだと思う。

なんとなく一斉に
みんな賛成か
みんな反対になってしまう
日本とは、違う。


とにかく、
壮絶にいい映画だった。
苦しくてしんどくて、
二度と観たくはないけど。
posted by まゆか at 00:57| Comment(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月05日

わからないこと

くじらを捕獲し続ける権利を
何が何でも守ること。

国と国の境のあたりに位置する
とっても小さな島に対し、
「ここは俺のものだ!」
と主張し続けること。

日本語ができない人じゃないと、
介護の現場に混乱が出る、とか、
小学生から英語をやると、
日本語がおぼつかなくなる、とか、
もろもろの日本語へのこだわり。


一度手に入れたものは、
絶対に死守する。
ちょっとでもそれを手放してしまうと、
国家の面子が丸つぶれになるし、
さらにはその「ちょっと」をきっかけに、
ずるずるとすべてを失ってしまうから。
だから守ることが国益になる。


どうも、この種の考え方が、
しっくりこない。
間違っているとは言えないし、
それが「現実」かもしれないけど、
ともかくものすごく違和感を覚える。

一度手にしたことを、
あえて自ら離すことで、
異なるものを受け入れることで、
はるかに大きいものを得られることって、
結構、ずいぶんと、
あると思うんだけどな。
posted by まゆか at 23:51| Comment(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月29日

医療改革法案

ちょっと前のことになるけど、
アメリカの医療保険改革法案が通過した。
よかったなあ、と思う。

要は、政府が責任を持って
医療の提供を行いましょう、
それにより、
市場に任せすぎたことによって生まれた、
医療費の異常な高騰を直しましょう、
というきわめてまともな法案だ。


可決までは、
ものすごい綱渡りの連続だった。
一時期はもうだめなんじゃないかと
言われていた。


さすが、自由の国、アメリカ。

政府の役割が大きくなることに対し、
例えそれが医療という、
日本みたいな国の人から見たら、
当然政府の役割でしょう、
というような分野でも、
政府の影響力が増すことに、
生理的嫌悪感、動物的警戒を示す人が、
相当の数いる。

(なぜか、そういう人たちは、
国防という分野における
大きな政府はサポートするのだけれど)


さすがキリスト原理主義が
勢いを持つ国、アメリカ。

そのうちに、この法案を通すことが、
中絶を後押しするかどうか、
という点が、議論の中心になってきた。

さらには、この法案を通すことで、
性的犯罪者にも保険で安く
バイアグラを提供することになる、とか、
もはや言いがかりとしか言いようがない、
反論も出てくる。


日本の政治の議論を見ていて、
なんで、こんなくだらないことで、
時間使っているんだろう、とか、
もともとは本質的だった議論が
いつからこんなにへんてこな話に
すりかわったんだろう、とか、
しょっちゅう思うけど、
でも、アメリカでの議論を見ると、
日本なんてまだまだ楽だし、
やろうと思えば理性的な議論も、
アメリカでやるほど難しくないだろう、
という気がしてくる。


だって。

人口の3分の一しか
進化論を正しいと思っていない国


法案に賛成した議員は
「抹殺されるべき」と公言する議員がいる国。

原油はがんがん掘って、
イランは先制攻撃すべきと主張する
サラ・ペイリンが
いまだ根強い人気を誇る国。


待つこと、聞くこと、の力を知り、
未来をきちんと見据えた
まっとうなオバマ政権が、
こうした勢力に
政権初期の段階で負けないで、
本当に、本当に、よかった。


これからも、
まっすぐであるがゆえの力を、
粘り強く発揮していってほしいと、
心から願っている。
posted by まゆか at 23:59| Comment(3) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月13日

Human Rights Watch

やっぱりとても素敵で美しい方だった。


土井香苗さん。


大学に入った頃、少し上の先輩で、
早々に司法試験に受かって、
エリトリアという新しい国の法律を
作っている女性がいる、という話を聞いて以来、
長年、何となく憧れの存在だった。

世界連邦21世紀フォーラムで、
彼女の講演を聞いた。

難民弁護士を経て、
今はHuman Rights Watchという、
世界の80カ国以上の人権状況を常時モニターし、
レポートを作成し、世論を促す、
というNGOの日本代表をしていらっしゃるそう。

例えばスーダンのダルフールについては、
世界の誰も注意を払っていない頃から、
この団体の調査員が現地に赴き、
インタビューを重ね、映像を取り、レポートをつくり、
メディアに、国連・各国政府に働きかけた。
Human Rights Watchの一連の活動が、
2005年頃のダルフールに関する国際世論を生み出し、
国連安保理によるスーダン政府への勧告、PKO派遣などに、
つながっていった。
(その後も、状況は悪化するばかり、みたいけど)


これまで「人権を守れ!」という活動に対しては、
どことなく距離を感じてきた。

「人権」とは近代国家と共に
確立されてきた新しい概念であり、
どんな国も、国の中、また外に対して、
人権を踏みにじった過去(または現在)を
背負っている。

「国家」として独立してまだ日が浅かったり、
内戦が続いたりする国々で、
大規模な人権侵害が起きてしまうのは
悲しいけど、「みんなが通ってきている道」。
それに対して、物申すのは、
どうも、一方的で短期的な正義を押し付けるような、
そんな気がしていた。

土井さんのお話を伺っていると、
自分のそんな考え方のほうが浅はかであり、
inactionの言い訳にすぎないんだと、痛感。


Human Rights Watchは、
虐げられている人々を
何とかして救いたい、というヒューマニティが
ベースになっているが、
その行動の基準は、
すべて国際法においている。

国際法を基準に、
「人権侵害」度合いを測り、
法を通じた処置を訴え、
法が適用される土壌作りに尽力する。
時間がかかるしもどかしいけれど、
あくまでも法を通じて行動する。


国際法とは、
人類がひどい戦争やら何やらを繰り返す中で、
自らの力の暴走の抑制装置として、
社会、そして自らの存在を維持するための工夫として、
創り上げてきた普遍的な知恵の体系。

もちろん完全ではないし、
たくさんの問題や矛盾を内包しているだろう。

それでも、法には、
人類のこれまでの学びが、
将来への希望がつまっている。
それを信じるというのは、
すなわち人類の学びと将来を信じるということ。

Human Rights Watchの活動が
静かなパワーを持つのも、
土井さんが美しいのも、
法への、そして人間への信念というところで
ぶれずに一本芯が通っているからだと思う。


ヒューマニティをベースに、
法治を世界に行き渡らせる動きが進むと、
いずれは法すら要らなくなる世界(愛治?!)
なんてのも、
いつかは、はるか先の未来には、
やってくるのかもしれない。


信じたところで、
何も変わらないかもしれないけど、
信じなければ、
そもそも何も始まらない。


そんなことを、
つくづくとしみじみと、
考えさせられる講演だった。

土井さん、
どうもありがとうございました。


PS: Human Rights Watchのビデオ、
素晴らしかったです。
ぜひご覧ください。
posted by まゆか at 03:03| Comment(2) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月14日

とりあえず、寝かしておく?

普天間基地問題。

他の様々な時事ネタと同じく
ウォッチするツールにも気概にも欠けるため、
詳細はほとんど知らないけど、
でも、なんとなく思うことがある。


これは、現在のタイミングで、
この問題だけ解決しようとしたって、
どうにもならないタイプの問題だということ。


戦後すぐの頃、日本とアメリカが、
その時の両国の状況や、
世界情勢を見据えて、
双方にとってコストを上回る利益があると思って、
導入した仕組みが「日米安全保障条約」であり、
その実体としての「沖縄の米軍基地」である。


その時から、
日本もアメリカも世界も、
ずいぶん変わった。

その変化に応じて、
沖縄の米軍基地の位置づけも、
徐々に変わっていった。


そのたびにもっともらしい説明がついているが、
「そこにあるということを前提に考えると、
こういうふうな使用ができる」
という程度の必要性であって、
絶対に必要なもの、なんかじゃない。


しかし、世の常、人の常、
「そこにある」ということ自体が、
大きなパワーを持つ。


そこに米軍基地が「ある」から、
中国と米国の覇権争いやら何やら、
世界がきな臭く見えて、
必要性があるような気になってくる。
(本当に、必要なのかもしれないけど。Who knows.)

さらに「そこにある」ことに対し、
米国の軍事戦略上の都合やら、
基地を問題にすることにより、
ナショナルプライドを煽る動きやら、
沖縄の経済の問題やら、
いろんな利権や思惑が絡まってきて、
もう、がんちがらめで、
にっちもさっちも行かなくなる。

こっちを立てればあっちが立たず。
あっちを立てればこっちが立たず。


こんな中で解決しようとしたって、
どうにかなるはずもない。

日米「同盟」という枠組みにとらわれず、
その枠組みからみた世界観にとらわれず、
今はどんな世界なのか、
どんな世界にしたいのか、
そのために何が本当に必要なのか、考えてみる。
そうしたら自然と、
基地を含めた様々な現在の「問題」に、
答えが見えてくるはず。


(そしたら、シンプルに、
基地なんていらないね、
となると思うんだけど。
核兵器とかとミサイル防衛と同様に。)

(なんていうのは、
単なるタワゴトなんだろうけど。)

(でもきっとそうだと思う。)


そういった思考ができる時代がくるまで、
未来の世界観が共有できる時代がくるまで、
とりあえず問題は「寝かす」。


機が熟すのを待つ。
のらりくらりと。
でも、常に意識を鋭敏に。

Strategic Procrastination.
posted by まゆか at 22:45| Comment(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月12日

豚インフル・反応マトリクス

今回の豚インフルへの対応には、
お国柄がでるようだ。


日本はとにかくすごい。
機内検疫、陽性反応が出たら即隔離。
後日感染が分かった人の近くに座っていた人は、
しらみつぶしに追跡調査。

HBSの役員向けの短期MBAコースでは、
中国の参加者のキャンセルが出ているそうだ。
報道にもあるように、中国では、
メキシコご一行様を強制隔離した。

一方で、スペインなんかは、
税関の職員でさえマスクをしていない。
ドイツでも、
「8000万人で8人でしょ。しかも治るじゃん」
というのり、のようである。

出張キャンセルの旨を聞いた仲良しのHBSの先生は、
「え、どうしたの?何か大変なことがあったの?」
という心配のメールをくれた。
豚インフルが理由でキャンセル、なんてこと、
これっぽっちも頭に浮かばなかったらしい。

今週末日本に来る、
大学院時代の親友のメキシコ人女性(在ロンドン)は、
私の出張がキャンセルになったため
会えるようになったことに対し、
"Thank you Mexican flu!"とのたまった。


豚インフル・反応マトリクス。

縦軸は、国民の政府への依存度(中国の場合、国権の強さ)。
横軸に、外から入ってくるものへの拒否感と、
完璧性の追求を、足して二で割ったものを、取る。

右上に行くほど、豚インフルへの反応強度が強まる。
たぶん中国は、政府は張り切っているが、
市井の人々は「そんなこと、かまってられるか」と
思って、日々を気にせずに生き抜いているに違いないので
日本は世界の中でも飛びぬけて右上に位置しているだろう。


日本の対応が過剰であるとか、
間違っているとか、そんなふうには思わない。
だって、そういう国民性なんだもの。仕方ない。

深く刻まれる鎖国魂。攘夷精神。
元寇が来た時には、とにかく城壁を作った。
ちょっと来る場所がずれたら意味がないにも関わらず。
江戸時代末期には、外人を見たら斬ろうとした。

異常なまでの完璧へのこだわり。
1円ずれていたら銀行員はみんなで残業する。
電車が2分遅れたら、鉄道員は平謝り。


何でも裏と表。
きっと日本は、こんなお国柄だからこそ、
ここまで公衆衛生が浸透したし、
デパートの包装はしわ一つなく、
世界高速の電車が1時間に7本も走り、
コンビニは24時間完璧なオペレーションを続ける。


とはいえ、もう少し一人一人が、
自分にも他人にもゆるくなり、
清濁併せのむ図太さを身につければ、
もうちょっとみんなにとって生きやすい国に、
なるんじゃないかと、
思ったりもする、今日この頃。
posted by まゆか at 23:53| Comment(2) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月21日

オバマ大統領就任演説

2005年の1月20日。
ワシントンはみぞれの降る寒い日だった。


第二期目を迎えるブッシュ大統領の就任式。
就任式の会場に入れるパスをもらっていたが、
あまりの寒さにそっこうやる気をなくし、
家でゴロゴロしながらテレビをみた。
途中、うとうとして、ほとんど覚えてないが、
やたらと危機感をあおり、
それがゆえにアメリカの軍事行動を正当化し、
特定の敵に対し「おまえら、ただじゃおかない」と念を押し、
うすっぺらなvalueとdemocracyの強調でしめくくる、
お決まりの演説だったような記憶がある。

街は、ひたすら、静かだった。


それから4年。
2009年1月20日。


ベトナム戦争のころの映像を彷彿とさせる、
モールを埋め尽くす人の群れ。
オバマ大統領を見つめる真剣なまなざし。
魂の感動が思わず声になったかのような、
海を超えて地響きで伝わってくるような、
うなるような歓声。


現実の直視。

われわれが今直面している問題は、実在し、
深刻で、しかもたくさんあるということを、
私はあなたがたに伝えなければいけない。
どれも、簡単に、もしくは短期間で解決できるものではない。


きっぱりとした過去との決別。

今日、われわれは、集う。
恐怖でなく希望を、
争いと不和でなく、目的をもった統一を選んだために。

今日、われわれは、ここに宣言する。
これまでの政治をがんじがらめにしてきた
つまらない不平や嘘の約束、
逆襲や古臭い教義に終止符を打つことを。


新しい時代を生き抜く人間の力への信頼。

われわれの野望の大きさに疑問を持ち、
既存のシステムはそんな変化に耐えられない、
という人たちもいる。

彼らは、忘れているのだ。
この国がこれまで何を成し遂げてきたか、
自由な人々の想像力と、共通の目的、勇気とが
合わさった時には、とてつもないことができる、
ということを。

新しい時代が始まる今この瞬間に、
我々の中に宿るのは、
自分自身よりも大きい何かに意味を見出す精神。


そして、危機の中、分裂から統合へと導いた
建国の父たちの言葉を引用しながら、しめくくる。

「未来の世界に語られるようにしよう。
冬の真っただ中、希望と徳以外の全てが潰えた時、
共通の危機を前に、市や国が一致団結して立ち向かった、と」

共通の脅威がせまるつらい冬に、
時代を超えて輝くこれらの言葉を思い出してほしい。

希望と徳を胸に、勇気を持って、
冷たい潮流に立ち向かい、嵐を耐えよう。
そして、われわれの子供たちの子供たちに、
こう語られるようにしよう。

試練の時、この旅を終わらせることを拒み、
今来た道を戻ったりひるんだりしなかった、と。
地平線の向こうに目をすえて、
神の恩寵を受けながら、
素晴らしい自由のめぐみを、
未来の世代へとしっかり届けた、と。



4年でここまで変わったのは、
世界か、それとも、人の意識か。


オバマの言葉で、アメリカの、
そして世界中の人の心に希望の火が灯った。

あとは、オバマが何ができるか、ではなく、
私が何をするか、だ。

一人一人が、火を絶やさずに、前へ前へと進もう。
posted by まゆか at 21:35| Comment(2) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月30日

だれか、おしえて

胸が痛い。
怒りと絶望がこみ上げる。

イスラエルのガザ空爆。

イスラエルはガザ地区を、
戦争で占領したものの、
ずっとトラブル続きで、
よく考えたらあまり重要な土地じゃないし、
といって、手放した。
それも、結構、いきなり。
はいっ、て。

ガザには確固たる統治機構もなかった。
インフラはソフトもハードもぼろぼろ。
唯一統治機構たりえるものは、
イスラエル、そしていまや世界の敵として、
テロ組織のラベルがはられたハマスだけ。

これで、いきなりガザ地区が、
自らをきちんと統治し、
イスラエルに憎しみも暴力も
向けないような土地になるくらいなら、
ホモ・サピエンス、万歳だ。
世界大戦なんか起こさない。
原爆なんかつくらない。
ノーベル平和賞なんてものもいらない。

それなのに、ここで空爆?!
なんなんだこれは。
キレタんだろうか。気が狂ったのか。

学位なんてなくても、誰でもわかる。
イスラエルを攻撃してきたテロリストや武器は
空爆で一時的に一掃されるかもしれない。
でも、ガザの土地にはまた深い悲しみと憎しみが刻まれ
それが新たな暴力の温床となる。
次のテロリストが、次の武器が生まれる。
しかも、これまでよりもっと強力の。

そして、こんなことは、
優秀なイスラエル政府は当然わかっている。
わかっていて、やっているのだ。
キレタわけじゃない。気も狂っちゃいない。


なぜ、なんのため?


入植地住民とその周りに住むアラブ人の間で、
和解の道を創ろうと努力している
ユダヤ人とアラブ人の二人に会ったことがある。

日に焼けた大柄のパレスチナの男性は、
慈愛に満ちた黒目と、深い響く声を持つ人だった。

彼はこう言ってた。


自分たちの努力なんて、砂漠に水をまくようなもの。
何年もかけてようやく到達した合意が、
イスラエル政府のちょっとした政策変更で、
一瞬のうちに吹っ飛ぶ。むなしいものだよ。

それでも、なぜ続けるのかって?
それは、未来に希望をつなげたいから。



彼は、今どんな思いで
空爆をみつめているのだろうか。
絶望で心がまっくらになる中で、
それでも和解のためのタウンミーティングを開くために、
朝起きて、顔を洗い、服を着てでかけていくのだろうか。


誰か、教えてください。
なぜ、こんなことが続くのですか。


人の命や、希望より、
凝り固まった民族主義的イデオロギーが、
国家のプライドが、
石油が、お金が、
重要とされる世をつくり維持するために、
人類は存在しているのですか?

人間なんてしょせんそんなもんなのでしょうか?


誰か、教えてください...


どうか、せめて、
細い未来への希望の糸が、これでとぎれませんように。
posted by まゆか at 15:56| Comment(4) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月07日

信じぬく力

何かの拍子に相手に疑いを持ち始める。
その結果として自分の心が傷つくことを
あらかじめ予防するために、
人は心の壁を厚くし、棘で防備する。

とげとげしく厚くなった心を通すと、
ますます全ての行動が疑わしく見えてくる。
そして、壁はどんどん厚く、棘は鋭さを増す。

そんな心で接せられると、
相手も、嫌な気分になる。

心は離れていく。

最初は実は何もなかったかもしれないのに、
疑われたことで、逆に疑いが真実になる。

防備された攻撃的な心の壁同士がぶつかり合い、
お互いを傷つけ合う。そして、破局。

誰だって傷つきたくない。
自分は自分を守る義務がある。

そういって、
今この瞬間にも世界のあらゆる場所で、
無数の男女が争いあっている。

そういって、
国は防衛という名の軍備を増強し、
互いへの疑いの上にちょこんと良心をかぶせた、
ぐらぐらと安定しないパワーバランスとかいう
システムを創りだした。

もし、最初から、相手を本気で信じ抜いていたら。

ネガティブなサイクルは始まらない。
例え、実際に疑わしい行動があったとしても、
信じるという力の中で、
なんとなくうやむやになって、消えていく。
もしくは、残念ながら心が離れていったとしても、
そこまでひどく傷つけあう形では物事は進展しない。

ベトナム戦争も、
イラク戦争も、
アメリカ側に信じる力があれば、
ゾウに対して針でつつくような相手からの攻撃を
受け止めるような寛容があれば、
始まることもなく、
多くの人命が失われることもなかった。


信じる力。
信じぬく力。


私は、全ての人間が、
この力を持って生まれた、と
信じている。

ちょっとくらい自分が傷ついたって、
いいじゃないか。
大体それだって、何らかの因果応報なんだし。

そしてこの力が、
疑念が作り出すネガティブな強い渦巻きを
弾き飛ばす日がくると、
信じている。
posted by まゆか at 12:14| Comment(2) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月03日

デ・ジャブ

一度だけ交通事故に遭ったことがある。

シカゴの郊外。
信号のない交差点が続く道。

一時停止をして
アクセルを踏んだ瞬間、
横から一時停止を無視した車が突っ込んできた。

あ...くるま・が・ぶ・つ・か・る...

どう計算してもぶつかることは頭ではわかっている。
でもどことなく他人事で、
ぼんやりと、スローモーションの映像を眺めていた。


あの衝突までの数秒の間の感覚。


まさに今、毎日がそんな感じだ。

どんどんともっと大きな危機に向かっているのは確実なのに
どこか他の世界の出来事を眺めているような。
夢を見ているような。

株価が暴落し、
大量の突然解雇が国境、業種を超えて行われ、
通常の不況ならむしろ仕事が増えるローファームでさえつぶれ、
経済発展著しい都市ムンバイが突如戦場と化し、
自ら戦火を切ったアメリカの現大統領が
戦争だけは予想の範囲外だったと告白し、
正義という名の、意味のよくわからない殺人事件が起き、
日本の政治家は小学生のこぜりあいのような議論を
ひたすら続けている。

あまりにもうるさいので
電池を外してしまった警報機がある家で
火事が広がっている。

これはおもちゃの世界のこと?
それとも、本当に起こっているの?

Where are we, and
where are we heading for?
posted by まゆか at 23:28| Comment(2) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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