2013年12月08日

真っ暗な街を訪れて

友人のばんばさんが運営する
Bridge for Fukushimaの主催のツアーで、
福島に行ってきた。

ばんばさんは、もともと国際開発の分野で活躍され、
国連やJICAなどの機関で働いていらっしゃった方。
福島出身で、震災を機に福島を拠点に活動をはじめた。

その活動の一つの「ヒューマンツーリズム」という事業。
原発事故の影響を受けながらも、たくましく日々を生き抜く
とびっきり素敵な人たちに会い共に時間を過ごす、
という一泊二日のツアーだ。

全町避難となった小高町出身の方のガイドで、
20キロ圏内へ。
5キロの地点まで行って、そこから引き返し、
全町避難中の小高町の駅前で降りたつ。
目の前に続く、まっすぐの目抜き通り。


丸ごと街から人がいなくなった、というのは、
こういうことなんだ。


夕暮れ時。本来であれば家の明かりがともり始め、
人々がごはんの支度をしている頃だろうか。

真っ暗な建物が建ち並び、
そして人がだれもいない。声もしない。
車も自転車も通らない。

唯一ついている街灯を眺めていると、
あまりの現実離れした風景に、
どこか違う世界に紛れ込んだような気分になってくる。


人が、人のために作った街に、人だけがいない。


ぼんやりしたまま、バスに乗り込む。
来るときは明るかったからあまり気づかなかったが、
暗くなってくるとわかる。10キロ以上の道すがら、
すべての家・建物が、真っ暗だった。

そして20キロのポイントをすぎた瞬間、
セブンイレブンの明るい光が目をさした。
いろんな意味でまぶしすぎた。

20キロという、人が引いた線。その内側と外側。

定規で引いたような、アフリカの国境を、
その国境のどちらにいるかで、
人生が大きく異なるという、
地図でみたあの垂直の線を、思い出す。


次の日、住民の合意形成、土地の買収がうまくいき、
被災地の中でも最も早く、仮設に住んでいる人たちが
新しい自分の家で住むことができると言われている
福島県新地町へ行った。
町を挙げてとても前向きに動いている様子が伝わってくる。

ぐるっと町をバスでまわっている時に、
他の仮設住宅からはかなり離れた山の中に、
ひっそりとたつ、仮設の集落が見えた。
原発近隣の村から避難している方々の仮設だという。

原発避難となると「県」の管轄となり、
なるべく早く住める場所を、ということで、
県が所有している土地に仮設をつくったため、
町からは遠く離れた場所になってしまったそうだ。

以前行ったいわき市でも、原発避難の方々の仮設は、
ちょっとはずれたところにあったのを覚えている。

ぽつんと、ひっそりと。
前に向かう流れとは、一線を画して、そこにある。


どこまで本当に怖いのかがわからない怖さの中で、
将来どうなっていくのか見えない中で、
前へ動きたくても動けない。

それまでの生活の基盤だったものが、
崩れるどころか自分たちに襲いかかってきて、
では新しい基盤を作ろうといっても、
すぐにできるはずもない。

その難しさを前に、いろんな人の中での、
この問題に対する行動も決定も、
なんとなく後回しになっていく。


と、頭がぐるぐるになった状態で東京に戻ってきて、
最初に飛び込んできたニュースが、
自民党のエネルギー政策。

「原子力を主要な電源と定義し、脱原発をとりやめ」

自民党や経済界や経済産業省の論理も
頭では、わかります。知り合い多いし。でもね。


まじかよ。


って、まじで思った。
posted by まゆか at 17:06| 東北 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月11日

時代

昨日、我が家に復興でハブ的な役割を果たしている
最高に素敵な3人がやってきた。
RCF復興支援チーム藤沢烈さん、
東日本大震災復興支援財団荒井優さん、
ETIC山内幸治さん。

90年代半ば学生だった頃から、
活動フィールドは異なりながらも
同じ世代観を共有する仲間として、つながっていた。
その後、社会人となり、それぞれの社会経験を積み重ねた。


そして起こった、2011年の東日本大震災。
自然と、まるで申し合わせたかのように、
彼らを含めた当時の仲間たちの足は東北へ向かった。
そしてそのまま活動を続け、
今や復興の中心メンバーとなっている。

被災地が広大なため、各自の持ち場が重なることはほとんどなく
また忙しくてゆっくり集まることもないが、
それでも、時々、お互い横にいることを感じ、
そこから力を得ながら、答えのない最前線を走っている。


3人が久々に集まり、リラックスして話をする姿を見て、
その言葉を聴いて、なんとも不思議な気分になった。

自分が生きてきた時代の絵巻を見ている、ような。
ふとその瞬間だけ、3人が話ができるように
時間が動きをとめている、ような。
時代に同席している、ような。

彼らが帰ったあとも
そこに出現した時空を壊したくなくて
しばらく食器もグラスもそのままに
そこにじっとしていた。
その場にいれたこれまでの縁の積み重ねと偶然に、
心から感謝しながら。


東北で起こっていることは
訪問やインタビューを通じて、
こういうことなのかな、とようやく言葉にできたころには
もう物事がだいぶ動いていて、
その言葉では表現できなくなっている、
そんなことの繰り返しだ。

それでも、常時周回遅れ、でもいいから、
彼らが生み出している物語を、
この時代の物語を、
書き綴っていきたい。
そう改めて、強くつよく思う、夜になった。

*****
せっかくの自分のポジションを生かして
世界への発信を、ということで
Harvard Business Reviewで連載(不定期)を始めました。
posted by まゆか at 15:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 東北 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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