2011年03月29日

信じること

信じること、
というものを考えるきっかけになった。

デマツイート。

今思い返せばサーバールームからコスモ製油所まで
いろいろ回ってきた。

どれも読んだ時はデマだとは思わなかった。
でも、大したフォロワー数のいない自分がRTしたところでしょうがないし
そもそも直接的な解決の手段を持ってないしと思って、
何も行動しなかった。


でも一つだけ、直接的行動をとったものがあった。

「被災した東大の合格者が3月14日の書類締め切りに
間に合わないという相談を東大の事務にしたけれど
『例外は認められず間に合わなければ合格取り消し』
といってつっぱねられた」

というものだ。


私はこれを信じた。
もしこれが本当なら東大にとっても傷になると思った。
そしてよく知っている東大の関係者に一報を入れた。

その直後にこの連絡をしてきた友人から
デマだった!という連絡が入る。
ちゃんと事務としては誠実に対応をしていたらしい。
すぐに一方を入れた方にはお詫びのメールをして事なきを得る。


深々と考えてしまった。

まずは自分についての反省。

ちょっと東大のHPを見てみるとか、ぐぐってみるとか、
数十秒の確認の手間を取ることを惜しんだ自分に。

そしてさすがにこういう状況で
そんなことはしないだろうと
東大の事務の人たちのIntegrityを
信じきれなかった自分に。


もうひとつは、
そうは言っても信じてしまった理由。

東大の事務と一言でいっても
学部ごとに全然違うので一まとめにはできない。
素晴らしい方々もたくさんいる。

ただこれまで学生として、教員として、
いろいろな場面で事務と接してきた中で
「規則だから」という一言で
あきらかに理不尽な扱いをされた記憶は
相当数あるのは事実だ。

だからその経験を踏まえ
デマツイートに書かれていることは
十分にありえる、と思ってしまったのだ。


さらには、
なぜこんなデマツイートがでたか、
ということ。

流した人の悪意は明らかだし
それは非難されるべきものだ。

でもこんなデマを流したいと思わせる
何かがそこにはあったということなんだと思う。
くすぶったもやのようなものが。


危機においては人の善意も悪意も
何もかもがむき出しになる。
その人そのものが前面に出てくる。

デマを信じてしまう人の弱さも
それをきちんとはねつけられる強さも。
人や組織が積み上げてきた、
それまでの信頼も。


人を信じる強さを持ちたい、と思った。
そしていざという時に信じてもらえるよう
日々をちゃんと生きよう、と思った。


PS:こんなのありました。
【関連する記事】
posted by まゆか at 17:05| Comment(3) | After 311 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
本当にご迷惑をおかけしてごめんなさい。。。不快な思いも。
よかれと思ってやったことが、きちんと調べなかったせいであっという間にただの迷惑になってしまうよね。
反省しています。。!!
ひと手間、大事だな。
Posted by yuki at 2011年03月31日 05:46
お久しぶりです。
沢山のデマが流れて、風評被害が出ることに、寂しい気持ちが漂いますね。
僕たちが出来ることは、善良を信じ行動すること。だと考えています。
まゆかちゃんもお友達も、そんなはずはない、という善良な行動した結果だと思います。平穏な日本に戻すためにも、僕たちががんばんなきゃね!
Posted by ひろ at 2011年03月31日 10:47
>yukiちゃん

全然気にしないでー。
いろいろ考えるきっかけになったし
むしろ私にとっては
意義深い経験となりました。

>ひろくん

めっちゃお久しぶり〜
そうそう、信じて動く。
そこで何かやらかしても
動かないより前に進んでる。
Posted by まゆか at 2011年04月01日 22:45
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。