2010年05月24日

うねり

何かに対して
能動的に取り組み始めると
その何かだけではなく
他のことに対しても
さざ波のように影響が広がる。

さざ波はそしてうねりになって
人生があらゆる局面で
ダイナミックに動き出す。

もう少し順番に並んで
これができたら次、とか、
してくれたらいいんだけど...
なんていうちっぽけな私の叫びなど
聞こえちゃいない。


うねりになってしまったら、
もう、とにかく、いっぺんにくる。
どどーんと。


こういう時のために
もっと余裕のある時期に
ちゃんと考えておけばよかったー
できることはやっておけばよかったー
と思うけれど、もうしょうがない。

たくさんのことが同時に
渦となって加速していく。
真のメッセージも雑音も
すべての音量が大きくなる中で
頭をクリアにして
もてうる限りの集中力を動員して
必死で心の声に耳を澄ませる。


聞こえそうで聞こえない。
わかりそうでわからない。
でも本当は、ちゃんと
聞こえてわかってる。


どうか、力をください。
私が私であるために。
posted by まゆか at 01:53| Comment(0) | 近頃思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月20日

日本食

現在ボストン出張中。
メインの部分を表現するほどの
元気は残っていないので、
ささいなネタを。


火曜日の夜に、
ハーバードビジネススクールの
各地にあるリサーチセンターの
ディレクターたちと、
これを統括している
ボストンの先生やスタッフたちと一緒に
日本料理やさんに行った。

「ん?その日本語は何だ?」
というようなものが
ちらほら店内にあったり、
内装も、日本「風」ではあるが、
ちょっとがちゃがちゃしていたり。
日本人的には微妙な違和感がある店。

メニューも、なんというか、
雑駁な感じ。

お寿司もロールもチャーハンも
テンプラも野菜炒めもカレーも
そばもうどんもある。

そして量は限りなく多く、
盛り付けも限りなく派手。


このレストランのオーナーは
中国人だそうだ。なるほど。


しかし、ものすごく賑わっている。
しかも地元の人がほとんど。
子供もいっぱいいる。

ワシントンでたまに行った
日本人がオーナーのレストランは
お客のほとんどが日本人だった。


日本人だと日本食はこうあらねば、
という思いにしばられて、
このじゃかじゃかしていて、
アメリカの人が気軽に楽しめる感じは
出せないんだろうなあ。


熊本発の「味っ子ラーメン」が
中国で日本の店舗数を上回る
フランチャイズ展開を行っていて、
でも日本人がそこに行くと
「こんなのラーメンじゃない」
とか言うらしい。

世界ではSushiといえば、
日本の握りではなく、
カリフォルニアロールをはじめとする
創作ロールを指す。


広い地域でいろいろな人を相手にするには、
この種の適当さ、
いろいろな応用や組み合わせを楽しむ心、
変わっていく流れに乗っかる軽さ、が、
必要なんだろうなあ。

と、巨大なてんぷら盛りを
眺めながら、しみじみと思った。
posted by まゆか at 21:44| Comment(2) | 特に、日本について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月15日

夢の中

明日からボストン出張。
さて、両替をどうするか。


手元には、一ドル120円だった
留学時代のドルの残りがある。

振り返ってみれば
替えた瞬間をピーク(か底か)に
あとはずっと円高。

90円代が普通の感じになってくると
120円などという円安になる日なんて
永遠にこない気がしてくる。

ならば現地に行くときは
このキャッシュを持って、
使ってしまうのがいいのかもしれない。

と思いつつも、
30円という差額に
やっぱりもったいないよなあ、
と出張や旅行のたびに
結局毎回両替するので、
中途半端な額のドルは
ずっと引き出しで眠ったまま。

逆にいえば、120円の時は
90円になるなんて
思いもしなかったんだしね。
もしかしてまた120円に戻るかもしれない。


それにしても。


12万円を120円で替えたら1000ドル。
それを90円の時に戻したら9万円。

この最初と最後の差額の3万円は
いったいどこに消えてるんだろう?

別に質が落ちたわけでも
壊れたわけでも
誰かが食べてしまったわけでもないのに。


はっと思ったら
煙のようにそこにはなもうない。


一ドルが120円なのも90円なのも、
ある時に人の集合意識が
どこらあたりで落ち着くか、
というだけの違い。

つまり、あの3万円は
人の思いの中で生まれ、
その中で消えていった。
最初から最後まで
存在などしていなかった。


株式市場とか
為替市場とかって、
しょせん人が自分の夢の中で
遊んでいるようなものなのかも
しれないな。
posted by まゆか at 08:40| Comment(1) | 企業・経営・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月09日

思いの束

実家に帰った際に、思わず
手紙の引き出しを
あけてしまった。

この15年ぐらいの
さまざまな人からの
さまざまな思いが
かすかなほこりの匂いと共に
心をじんわりと取り囲む。


息ができなくなったた時。
励ましと思いやりを
ただただ与えてくれた人たち。
なんとか生きていくうちに
受け取ったことすら、忘れてた。

高校卒業を前に、
滑稽なほど真剣に
みんながみんなに
それぞれへの思いを手紙にした。
まるで別々の人生を歩いてる。
もうどうやっても会えない人もいる。

調子に乗っている年も
もがいている年も
ぶくぶくと太った年も
激やせした年も
びっしりと言葉の詰まった
誕生日のカードが届く。
目の焦点を合わせる前に
その人の筆跡だとわかる。
そのありがたさ。尊さ。
これまでの月日のいとおしさ。

その時々の友人が
世界の各地から送ってくれた
数々のポストカード。
異国の地のざわめきや風景が
彼らの興奮と共に
時と距離を超えて伝わってくる。


たくさんの人の思いに
生かされて、ここまできた。
そして、これからも。


あったかくて、
切なくて、
そしてちくりと胸が痛む。
posted by まゆか at 09:02| Comment(0) | 近頃思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月06日

マッチポンプ

オフィスが入っている丸ビルに、
ヤクルトが入れることになったそうで、
定期的にヤクルトレディが
やってくるようになった。

インドネシアやアフリカで
地道に草の根で販路を拡大している、
みたいな記事をよく目にするが、
同じように粘り強く
三菱地所と交渉を続けて
ようやくビルに入れることになったのかな、
なんてことを想像したりする。

買わないことに
ちょっとした罪悪感を感じさせる
妙なヒューマンタッチと、
これくらいなら
出してもいいという値段設定と、
体の部位・機能別の効用効果宣伝とで、
別に買わなくたっていいのに
なんとなく買ってしまうというのを
ねちねちとこまごまと
集めて山にする販売戦略。


それはさておき。


ヤクルトは虫歯になりやすい、
ということを、私のボスが
行きつけの歯医者さんから聞いてきた。
乳酸菌が歯にはよくないらしい。

じゃあ、お昼ごはん後に飲んで、
すぐ歯磨きしたほうがいいでしょうかねー、
とか、わいわい言っていた。


ある日、いつものレディと一緒に
男性の社員がついてきた。
一枚のビラを出して、こう言った。

「このたび、ヤクルトが
新たに歯磨き粉を開発しました。
これを使うと初期の虫歯なら
歯医者さんに行かなくても治ります。」


...


むむむ?
これはなんだ?

ヤクルトを飲めば飲むほど、
虫歯が出来て、
そうすると歯磨き粉が売れる、
ということ?
マッチポンプ?
胴元が自分で賭けちゃうみたいな?


それとも。


ヤクルトを飲むと
おなかにはいいですが、
虫歯になりやすくなってしまい、
それはいかんともしがたいですので、
せめてこの良質な歯磨き粉で
虫歯を予防してください、
という、ある種の罪滅ぼし?


会社としては
真面目な気質な感じがするので、
なんとなく後者な気がするけど、
どっちにしろ、なんかこれは
ちょっと微妙なんじゃないの?!


とか思ったけど、
よく考えれば、そんなこと
日常茶飯事な気がしてきた。

抗生物質を飲むと、
胃が荒れるので、
一緒に胃薬も処方されて、
両方とも同じ製薬会社が作っている、
ようなものかも。

あっちを立てれば、
こっちが立たず、で、
それをどうにかしようと、
どんどん物事が重層化して
生活が厚塗りされていく。

それが、現代社会、なのかな。
posted by まゆか at 22:40| Comment(2) | 企業・経営・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月05日

潤滑油?

とても疲れていて
一分でも早く寝た方が
いいとわかっているのに、
何となくぐずぐずと
何度も読んだ本を読み返したり
眠るでもなくぼーっとしたり。

こういうどうでもいいことを
している時間をかき集めると
結構な長さになるはず。


寝るべきときはさっさと寝て
次の日に備えるとか、
起きているなら、
ためになる本を読むとか、
勉強するとか仕事するとかして、
どうでもいい時間を
「生産的」な時間に変換していければ、
もっとばりっとした生き方が
できるのだろうか。

このあたりで
「差」ができるのだろうか。


それともこういう時間が
実は人生の潤滑油みたいな
役割を担ってたりするんだろうか。


...というのは、
私の希望的観測。
posted by まゆか at 08:58| Comment(0) | 近頃思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月02日

すぐそこの未来

2年先の部屋の更新。

3年先のクレジットカードの有効期限。

10年先のパスポートの有効期限。


その手続きをしたときには、
ずいぶんと先にある、
遠い未来の日付のように思えても。

自分がその日付を迎えている姿は
まるで想像できなくても。


はっと気づくと、
いつの間にか、
その日がきている。
その日を迎える自分がいる。


そのたびに、
これからは、一日一日を
ちゃんと生きないと、
生ききらないと、と思うのに。

気づくとまた、
次の期限の日がやってくる。
posted by まゆか at 14:30| Comment(0) | 詩のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

幸せを測る?

なんかどうも
違和感があるんだよなあ。


政府が「幸福度」を測定する、
とかいう話。


これからはGDPではなく
GNH(Gross National Happiness)。

経済成長だけではなく
心の豊かさを実現する社会へ。

ナンバーワンじゃなくて
オンリーワン。


大体似たような考え方。
ここまで十分に発展しつくして
成長の余地がない国としては、
そりゃこの種の方向で行くしかない。

それに確かに社会は全体的に灰色な感じで、
自殺率もとても高いし、
どこか決定的に
ボタンのかけ違いが起こっていて、
それは何とかしないといけない。

だから、大筋は賛成なんだけど。


ブータンは所得は低いけど、
GNHは世界一で人口の97%は
自分を幸せだと思っていて、
笑顔が素敵です!
一方日本は経済大国なのに
幸せ度数が低いです...
みたいな報道をみると
あさりの中に入っていた
砂をかんだような
ぞわっとした気分になる。


やっぱり幸せって
測って比べる類のものじゃ
ないと思うから。

それに幸せって、
なるものじゃないと思うから。
そうある状態のことだと思うから。


「幸せになりたければ幸せでありなさい」
by ニール・ドナルド・ウォルシュ著
神との対話


幸せを測定しようとすると
幸せの定義の話になり、
そうやってますます
幸せというものに答えがあるような
しかもその答えを押しつけられそうな、
そんな予感がして、
すごく怖いしイヤだ、というのもある。
ただでさえ、
そういう傾向が強い社会なのに。


それにさ、
自分は幸せじゃないと認識できて
それを何の心配もなく発言できることも
実はとても幸せなことなんじゃないかな。

北朝鮮でやったら絶対みんな
「私は幸せです」っていうよ。


そんな測定しなくていいから、
街にもっと緑増やして、
時差通勤や育休が
当たり前という感じになって
サマータイム導入により
日の光を浴びる時間を長くして、
シュタイナーでもオーガニックでも
人間が心で体で、
ああ、これ、本当はいいよね、
とわかっているけれど
既存の制度や業界からの反発を受けて
なかなか広がっていないものを
どんどん応援する、
とかやればいいんじゃないかしら。


国家としてやるべきことを
しっかりやって、
その結果として人の幸せに
貢献するというのはいい。
でも国が個人の幸せの部分に
直接首をつっこむ、
というのは、どうも気味悪い。

だって、ブータンは
仏教国だもの。宗教国家だもの。
日本が比べる対象としては、
ちと違う。


...とかごちょごちょ書いたけど、
社会の移行期には、
この種の割り切った断定に基づく
新しい手法や概念を持ち込むことで
社会がぐいっと変わっていく
きっかけになることも多いから、
案外「幸福度測定」は、
いい結果を生むかもしれない、けどね。
posted by まゆか at 00:13| Comment(3) | 特に、日本について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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