2010年04月29日

カラス

東京のカラス。

人の出すゴミをえさとし、
ゴミで巣を作る。

眠らない都市に渦巻く
人間の欲望を吸いこんで
生きているうちに、
山のカラスとは、
もうまるで別の種になった。


凶暴な目。
巨大なくちばしと体躯。
どこまでも黒々とした羽。
何をもおそれない不適な態度。


もしかして、
私たち人間も、
この巨大な都市で
生活しているうちに、
本来のあるべき姿から
かけ離れたものに
なりつつあったりして。

この街に生息する
カラスたちのように。
posted by まゆか at 21:57| Comment(0) | 詩のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月28日

相談

相談に乗る、
ということの意味を
時々考える。

要は、話を聞く、
ということと、
ほぼイコールだと思う。


では、ただ話を聞いて、
うなずいていればいいのかというと、
そうではない。
もちろんそれだけで
十分な場合だってあるけど。


話を聞く際に、
こちらがどれだけ、
透明でいられるか。

目の前にいる人の
思いや行動に対し、
自分のものさしを
持ち込まないで、
向かい合っていられるか。

そうでないと、
真剣に「聞く」ことって、
できない。
その人の心の声に
耳を澄ますことはできない。


これまた最近よく思うのだけれど、
いろいろとぐるぐるした
経験を重ねるにつれ、
何を聞いても大概のことには驚かなくなり、
よって、人に対して自分の判断とか
良いだの悪いだのの判断を加えなくなり、
より純粋に人の話を聞くことが
できるようになった気がする。

そんな心で向かい合っていると、
相談を持ちかけてきた人は、
自分の心の中にすでにあった
答えの存在に気づいて、
(といっても正しいとか
間違っているという意味での
「答え」じゃないけど)
迷いの状態から自然と、
抜け出していく。
もしくは迷い自体を
そのまま受け入れていく。


散々人に迷惑を掛けて
自分もしんどい思いをしながら
ここまで歩いてきたけど、
そのおかげで、
たまには人様の役に立つことも
あったりするなら、
まあ、よかったのかなあ、なんて思う。


人生、捨てたもんじゃない、というか、
人生、全てに意味がある、というか。


別にいちいち経験しなくたって
十分に賢くきちんと生きている人は
世の中にたくさんいる。
でも、私の場合は、経験しないと
学ばないタイプだったんだから
もうしょうがないじゃないか、という感じ。

って、前も同じことを
書いたかもしれないけど。


雨の音の中、
どことなく、自省的な、夜。
posted by まゆか at 00:28| Comment(0) | 近頃思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月25日

自然美の比率

P1010663.jpg

華道では古流という
流派に所属している。

一番古い流派である池坊は
神仏に備えることを目的に始まった。
だから池坊のお花は、
どこか宇宙に向かうような
そんな形をしている。

それに対し
「お客様へのおもてなし」ということで、
江戸時代に始まったのが古流。

その時に、自然の美のバランスを
計算し尽くして再現するやり方が、
編み出された。

ひば、菖蒲、水仙、桜など、
素材によりそれぞれのいけ方が
ほぼ全て決められている。

それを「お生花」という。

日本が近代化、西洋化するにつれ、
洋風なお部屋にも合うようにと、
後に発展したのが「盛り花」。
現代花とも呼ばれる、
フリースタイル。自由形。


これまで、ずっと盛り花をやってきた。
どうも型にはまったお生花は
いまいちぴんとこなくて、
自分には合わないように思い、
手を付けなかった。

でも、何だろう。
最近心が静まったのか、
盛り花のほうで、
何かをつかんだ感覚があり、
少し別のことをやる時期だと思ったのか、
単に年を取ったのか、
ふと「お生花をやってみてもいいかも」
と思いが到来し、
おそるおそる始めてみた。


季節物、ということで、
先週は菖蒲を、
今週はカキツバタをいける。

まず、葉を一枚一枚吟味して、
葉の先が右に向いているものと
左に向いているものとに、分ける。
そして、決められた形に、
丁寧に組んでいき、
決められた場所に入れていく。


人が自然をじっと観察し、
計算を重ねた結果、行き着いた、
自然の美の普遍の比率。


それをなぞりつつ
花をいけることで、
面々と受け継がれてきた
美への思いを
受け取るような、
そんな厳粛な気分になる。

誰がいけても同じようにみえて、
よくみると、その時の花や葉の
ちょっとした違いや、
手の力の込め方の違いで、
それぞれに味わいの異なる
作品ができあがる。


少し、続けてみよう、
と思った。


それにより、
自由な盛り花のほうも
表現の奥行きが
変わってくるように思う。


自分が本当にやってみたいと思うまで、
私がお生花を始めるのを
じっと待っていてくれた先生に、
心から感謝。何と10年以上。

こんな性格だから
何はともあれ基礎は大切!
と強制されていたら、
何もかも嫌になってしまったに違いない。


先生、ありがとう。
これからもよろしくお願いします。
posted by まゆか at 11:08| Comment(0) | お花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月24日

The Hurt Locker

先週のことになるけど、
仕事帰りに会社ご近所の友人と
ハートロッカー(The Hurt Locker)を
観に行った。


...


しばらく言葉を失った。

いろんなこと、考えて、
頭が痛くなった。


イラク戦争。

どんな戦争も
何らかの意図をもとに
人為的に始められるものだけど、
それでもあの戦争は特別に
「敢えて始めた戦争」
という色が濃い。

つまりは、
始めない、という選択肢も、
十分に有り得た、ということ。

そうして敢えて始めた戦争が
もたらした被害の大きさ。
その壮大なむなしさ。

サダムフセイン政権の崩壊が
当初の目的だったとは、
もう思い出すのも困難なほど、
今、アメリカ軍(と同盟軍)は
戦争を始めたがゆえに新たに生まれた
憎しみという「敵」と戦っている。

それは、
砂漠に潜むスナイパーとして、
街の自爆テロとして、
少年の投石として、
時に姿を現すが、
いつもは蜃気楼のように
ゆらゆらと実体を持たない。

そして戦いを続けるほどに
個別の作戦では勝利を重ねるほどに、
「敵」は増大していく。

視界が常にぼやけた、
終わりのない、戦い。
命は日常的に失われ、
関わる人々の心のたかが、
少しずつ外れていく。


一体、なんだったのだろう。
あのイラク戦争とは。
大きな、ため息が出る。


それから、アメリカ。

軍事力でもって
無理やりに人の国を民主化しようとか、
はちゃめちゃな政治的決定がなされる、
その一方で、
アメリカという国を客観的な目で捉え、
こういう素晴らしい映画を作る人がいて
そしてそれがアカデミー賞を取る。

それはきっと、
アメリカの社会としての
懐の深さであり、
映画などを含んだメディアが、
力強く存在している、
ということなんだと思う。

なんとなく一斉に
みんな賛成か
みんな反対になってしまう
日本とは、違う。


とにかく、
壮絶にいい映画だった。
苦しくてしんどくて、
二度と観たくはないけど。
posted by まゆか at 00:57| Comment(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月22日

回り道

例えば高校は3年、
大学は4年、
試験合格まで○年、とか。

例えばビジネスの基礎は
30歳までに身につけて
マネジメント力を
40歳までに身につけて、とか。

○才までに結婚して
○才で子供を作って家を買って、とか。


ここかしこに存在する
もろもろの社会の「目安」。
それが自分のペースにあっていれば
その通り堂々と歩けばいいと思う。

でもそういうのは
社会の慣習や
人々の意識の最大公約数の妥協点あたりで
決められることだから、
誰もがぴったりくるはずはない。


そうしたら。


思いっきり時間をかける。
まるで違うことをやる。
一見ものすごく非効率なやり方を選ぶ。
なんだっていい。


自分の心に従ってさえいれば、
どんなに世間的には
迂遠な回り道にみえようと、
それこそがその人にとって、
まっすぐな、太い、道。

その道を歩くことそのものが
生きているということ。
posted by まゆか at 18:10| Comment(3) | 詩のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月21日

ボストンと東京のあいだで

縁あって、このたび、
「Business Media 誠」という
オンラインマガジンにて、
オフィシャルのブログを
始めることになりました。

仕事のことを書きます。


ボストンと東京のあいだで


最初はこのブログみたいな文体で
いこうかと思っていたのですが、
やはり仕事の話となると、
説明したいことが多くて、
この文体ではキャパオーバーだったので、
普通の文章で書くことにしました。


なんとなく始めた今の仕事も、
気づけば3年半がたち、
学んだことや気づいたことが、
もろもろたまってきていたタイミングと、
オフィスとしても、
ボストンに対してだけではなく、
もっと日本に向けて発信したほうがいい、
という話が盛り上がったタイミングとが、
うまーく、合致して、
そこに人の縁が自然とつながり、
今回の話になりました。

二つの表現ツールを持つことで、
どんなことが自分の中に起きるのか、
実名でオフィシャルな場で文章を書くことで、
今後どのような広がりができていくのか、
ちょっと、というか、かなり、
どきどきしています。


よかったら、こちらのほうにも、
時々遊びに来ていただけたら
うれしいです。

どうぞよろしくお願いいたします。
posted by まゆか at 01:02| Comment(0) | 書くこと、全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月19日

文化形成

慣れ、なんだと思う。
つまるところ。
文化って。


土井香苗さんのご紹介で、
ヒューマンライツウォッチ
チャリティーディナーに出席した。


ヒューマンライツウォッチの制作する
コンゴにおける人権侵害のビデオ上映。

活動をサポートする
日本の起業家たちのスピーチ。

チェチェンでのロシア政府による
圧政の事実を報道したことで
暗殺された女性からの「バトン」を受けて、
自らの命もかけて活動を続ける
若いロシアのジャーナリストのスピーチ。

彼女の静かな覚悟に
しばし言葉を失う。


その後、
チャリティーオークションが開かれた。

普段の感覚で聞いたら、
びっくりするような金額が
次々と提示され、
今晩だけで、
550万ぐらいの寄付が集まったそうだ。


見渡すと著名な実業家も結構いた。
だから「あの人たちは金持ちだから」
と言って、自分とは関係ない、
とするのも、ありだと思う。

でも、何気ない普段の生活にも、
「そういうことになっているから」
「みんなもそうしてるから」という理由で、
それほど意識せずに、
えらくお金を使っていることって案外多い。


結婚式とか家とか車とか。


高いと思うかどうかは、
結局その人がお金をどう使うか、
どう使いたいか、
と思っているかによる。

寄付となると腰が引けてしまうのは、
そういうお金の使い方に
体が慣れてないだけ。

消費となるとまるで大丈夫で、
むしろ浪費をしてしまうぐらいなのに。


みんなが楽しみつつ、
えいやっという感じで
寄付をする今晩のディナーを見ていて、
寄付がなかなか根付かないと言われる日本人も、
ちょっとずつ寄付に慣れて
次第に寄付文化が育っていくような、
そんな予感がした。

私自身の中でも、
寄付をするという行為が、
だんだんと自然に
流れるようになってきた気がする。


それにしてもとびきり素敵な夜でした。

土井さん、お疲れさまでした!
とてつもないachievements
だったと思います。本当に。
posted by まゆか at 23:59| Comment(0) | 働き方や考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月18日

似て非なるもの

12歳の頃から踊っているので、
それなりに体は柔らかかったけど
2年ぐらい前に足を痛めてから
メンテナンスを怠り、
かなりがちがちになった。

一度がちがちになると、
ストレッチをやろうとしても、
痛いし苦しいし、で、
5秒ぐらいで嫌になり、また怠ける。

やらなきゃ、と思うほどに、
逆にできなくなり、
体はさらにかたくなる。


ある日、それまでに
少しは習ったことのあった
ヨガをやってみた。

体にすっとなじんだ。
体が喜んでる感覚があった。
これなら、続けられる、と思った。


ストレッチとヨガって、
一見似ているけど、
根本の思想がだいぶ違うように思う。

ストレッチは、
だめだめな体をぴしぱしと鍛えて
負荷を掛けて柔らかくさせていく、
というもの。

一方、ヨガは、
体本来の流れを取り戻す中で
体が自然と柔らかくなっていく、
というもの。


その後ヨガは無理なく
日々の生活に組み込まれ、
そうこうしているうちに
体はすっかり柔らかくなった。

こうなると、
ストレッチも全然苦じゃなく、
むしろ気持ちいいと思いながら
できるようになる。


こういうのって、
他でもいろいろあると思う。


ボイストレーニングではなく、
ボイスワークショップとか。

絵画教室じゃなくて、
ホワイトシップのワークショップとか。


鍛え、矯正するのではなく、
体の本来の力を取り戻す中で、
心身を豊かにしていく、という世界。


どっちが正しいわけでもなく、
人それぞれにあった方法を
選べばいいと思うけど。

私は絶対後者がいい。
というか、もう前者は無理。
posted by まゆか at 11:45| Comment(0) | 近頃思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月14日

「インパラの朝」

ちょっとした連絡の行き違いで
待ち人来ず、の早朝のカフェ。
ぽこっと手にした静かな1時間。

瑞々しく光る黄緑色の若葉が
次第に存在感を増している
街路樹を見下ろしながら、
大切な知人から紹介された
インパラの朝」を読む。


2年間、旅人として過ごした
同世代の女性が綴った本。


青い鳥を探すわけでも、
自分を見つけるわけでも、
刺激を求めるわけでも、
正義感を満たすわけでも、
なんでもない。

ただの一人の旅人として、
訪れた土地や人々の流れに、
そっと寄り添い、そして離れ、
ただの一人の人間として、
大地と空の間に、
むき出しで立って、息をする。


腹立たしく、
そしていとおしい人間世界。
それを見つめる
インパラの目の奥深さ。


無防備だけど、
ずどんと地中深い彼女の感性。
そこを通して見て聞いて触れた
この世界の丸ごとの美しさと、
はちゃめちゃなでたらめさに、
自然に涙があふれてくる。


読み終えた後は、
すがすがしくも荒々しい、
清涼で野生の風が、
体中を吹きあれたかのような。

そして私の感性も
自然と研ぎ澄まされたような。


ものすごく、素晴らしい本。
まだ、衝撃にふるえてる。
posted by まゆか at 23:05| Comment(0) | 観賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月12日

着地

今振り返ると、
どうしてあんなことしてたんだろうと、
後悔ばかり思い浮かぶことも、
どうしようと思いつつ、
なんとなく続けてきたことも。


楽しかったことだけでなく、
しんどくてつらかったことも含め、
これまでの自分の人生のすべてに、
ああ、意味があったんだ、と思えた時。

正しかったとは、
決して思わないけど、
でも、間違いも迷走もひっくるめて、
自分の歩いてきた道を肯定できた時。


これを、地に足がついた、
と、言うのかな。
posted by まゆか at 18:49| Comment(2) | 詩のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

にわとりと卵

気持ちの良い仕事をする人だなあ、と、
感動する若手には、
素敵な上司がついていて、
素晴らしい大人だなあ、と、
惚れ惚れとするシニアマネジャーには、
できる部下がついていること、が多い。

そしてお互い、
「いい上司に恵まれて」
「部下のおかげです」
と言い合ったりしている。


これって、偶然と言うよりかは、
必然に近い現象な気がする。

きっとある種の人は、
上に立つ立場であれ、
下でサポートする立場であれ、
常に周りに「恵まれている」のだ。


それはきっとその人が、
ちゃんと仕事をする人だ、
というのは大前提として、
とても素直な心で
一緒に働く人の良いところを感じ取り、
それを信じる人だからだと思う。

だから自然と
その人の周りにいる人たちも、
ぐいぐいと力を発揮していく。

そして、
個々人が輝きを最大限に発揮しあう
チームが作られる。


上司が部下を作り、
部下が上司を作る。

つまりは、
その人次第、ということ。
posted by まゆか at 00:04| Comment(0) | 働き方や考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月10日

目覚め

細胞の中でも、
がんばり続けると、
一年間もたないぞとわかっている
なまけもの系の細胞たちは、
冬の間は、さっさとさぼって
眠っている。

今年は、その多くが、
3月中の春フェイントに引っかかり、
はっと起き出しては、
その直後の冬の寒さにがつんとやられて、
すっかりと、元気をなくしていた。


でも、度重なるフェイントにも動じず、
最後まで冬の眠りを
堪能していた一団もいる。

彼らが、満を持して、
ついに今日目覚めた。


見ていても見えず、
聞いていても聞こえず、
感じていても気づかなかった。
日常の中の小さなこと一つ一つが、
強烈な存在感で迫ってくる。


急に、目も耳も鼻も、
よくなったような感覚。


そう、世界は、こんなにも、
色と音と香りで、満ちている。

こんなにも、輝いている。
posted by まゆか at 23:46| Comment(0) | 詩のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月08日

脱却

いまいち自分の中に
やる気がない、とか。
明確な締め切りがある
他の仕事を優先する、とか。

そんなこんなで、
しばらく放置しているうちに、
先方がしびれを切らして
様子を聞いてくるようになると、
どうも仕事って、
うまくまわらなくなる。

受身になったとたん、
仕事のリズムが悪くなる。

若干の罪悪感と、
でもどこかは
反発してしまう気持ちとで、
先方との関係もぎくしゃくする。
そのぎくしゃくが、
さらにリズムを濁らせる。


こういうときは、
えいやっと自分に気合を入れて、
夜でも週末でも、
一度まとまった時間を取る。

そこで、どどっと進めて、
受身の位置を脱さないと。

そして、その仕事に対する
自分のリズムを築かないと。


えらくマルチタスクなのに、
ゆるゆると楽に仕事をしてきたつけが、
どうもまわってきたような...
posted by まゆか at 23:56| Comment(0) | 働き方や考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月07日

To be or not to be

That is the question...

近頃、少し悩んでいることがある。
Twitterを始めるかどうか、である。

もともとこの種のトレンドの
キャッチアップは非常に遅く、
それをやらずには、持たずには、
社会生活に支障が出る、という
ぎりぎりのラインまで、
大体何もしない。

ポケベルを持ったのも、
携帯を持ったのも、
パソコンを使い始めたのも、
SNSを始めたのも、
人の3周りぐらい遅かったと思う。


Twitterはすごいと思う。
やってなくても世界において
増幅し続けるうねりをひしひしと感じる。
で、悩む必要は全くなくて、
さっさとやるべきだとも思っている。


でも、なぜやらないかというと。


小さな言葉をつぶやくという
行為に慣れると、
まとまった量の文章を書くのが
ますますおっくうになりそうな気がするから。

中毒体質なだけに、
きっとどんどんと時間をこれに使い、
自分の表現の時間を
言い訳しつつ縮小していきそうだから。

今は、人とつながったり、
人にどばどばと発信したりするより、
一人腰を落ち着けて、
創造に取り組む時期だと思うから。


要は、もう少し自分が自分の表現を
自然とできるようになるまでは、
そのリズムをつかめるまでは、
気が散りそうなことを
やらないほうがいいのでは、
という感覚。

うちにテレビがないのと一緒。
ちゃんとそのものと
適度に付き合えるだけの、
節制が自分にはないことがわかっているので、
あえてやらない、始めない。


早くしゃんとして、
こういうこととも、
楽しみつつ関係を築けるように
なれたらいいな、と思う。

To start Twitter or not...

なお、同様に、ほぼ同じ理由で、
・Facebookに入るかどうか
・PHSをやめて高機能携帯かiPhoneにするかどうか
についても時折悩んだりしてます。
posted by まゆか at 23:31| Comment(3) | 近頃思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月05日

わからないこと

くじらを捕獲し続ける権利を
何が何でも守ること。

国と国の境のあたりに位置する
とっても小さな島に対し、
「ここは俺のものだ!」
と主張し続けること。

日本語ができない人じゃないと、
介護の現場に混乱が出る、とか、
小学生から英語をやると、
日本語がおぼつかなくなる、とか、
もろもろの日本語へのこだわり。


一度手に入れたものは、
絶対に死守する。
ちょっとでもそれを手放してしまうと、
国家の面子が丸つぶれになるし、
さらにはその「ちょっと」をきっかけに、
ずるずるとすべてを失ってしまうから。
だから守ることが国益になる。


どうも、この種の考え方が、
しっくりこない。
間違っているとは言えないし、
それが「現実」かもしれないけど、
ともかくものすごく違和感を覚える。

一度手にしたことを、
あえて自ら離すことで、
異なるものを受け入れることで、
はるかに大きいものを得られることって、
結構、ずいぶんと、
あると思うんだけどな。
posted by まゆか at 23:51| Comment(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月02日

Sakura

s-P1010641.jpg

桜なんて毎年咲くから、
別に今年ぐらい見逃してもいいや。

そんな気持ちががらりと変わったのは、
アメリカに行ってからだと思う。

日本から贈られた桜が咲く
ワシントンDCに2年間住んだ。
異国の地に咲いているせいか、
あれほど見慣れていたはずの桜の
美しさ、可憐さが、胸にしみた。


そして、帰ってきて、
今度は東京の桜の立派さと
量の多さに圧倒される。改めて。

樹齢たかだか80年の
ワシントンの桜とは異なり、
木の一本一本が、どっしりと見事。

そして、東京中、
どこもかしこも桜だらけだ。
小田急線に乗って郊外に向かうと、
しょっちゅう目の前を
ピンク色の霧が横切ることに気づく。


この地に住んできた人々の
桜への思いが、次の時代、
その次の時代へと、リレーされて、
思いの蓄積とともに
桜もこれだけ増えてきたんだ。

これは、ちゃんと、
毎年しっかり味わわないと。


非常に腰が重い性格で、
待ったり人ごみの中を歩いたり、
遠くまで桜を観にいったり、
そういう芸当が全くできないのだが、
昨日は、自分で自分を励まして、
帰宅後、徒歩5分の
六義園にでかけた。

10分ほど並んで入園。

目の前に、しだれざくらが、
巨大なくらげのように、
ゆらゆら揺れながら、
白く浮かび上がった。

桜を観てるんだか、
写真を撮ってるんだか、
わからない人たちで
埋め尽くされて、
じっくり堪能するのは難しかったけど、
でも、やっぱり美しかった。


あと一回ぐらいは、
ちょっと無理してでも
桜をちゃんと観にいこう。
posted by まゆか at 22:20| Comment(0) | 観賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月01日

朝のコーヒー

コーヒーメーカーについていた
ガラスのポットの部分を
落っことして割ってしまったため、
コップの上にのせて入れる用の
コーヒードリッパーを買った。
(100円ショップで。)

最初は何も考えず、
フィルターを入れて粉を入れて、
ざざーっとお湯を注いで、
ぼたぼたと抽出した。

やっぱ、味が薄いなあ。
香りもない。


そこで、少しだけしゃんとした気持ちで、
まず少しお湯を入れて蒸らし、
その後お湯をゆっくりとまわしながら、
丁寧に注ぐよう心がけた。

そうしたら、ずいぶん美味しくなった。
雑に入れていたときと、
所要時間は30秒も変わらないのに。

ほんの少し心を込めるだけで、
これほどまでに変わるんだね。


きっと他のことでも、一緒。

自分が接するものに対して、
短い時間でもいいから、
心を込めてきちんと向かい合えば、
自然と、素敵な空気が、
自分の周りを満たすようになる。


ちなみに、
本当に美味しいコーヒーを入れるには、
こうしたらいいそうです。
posted by まゆか at 22:52| Comment(0) | ちょっとした発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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