2010年03月31日

やる、時

こうしたらいいんじゃないかな、
これをいつかやりたいな、
と、思うこと。

とはいえ、今すぐやろうとすると、
体中の怠惰や言いわけを捨て、
勇気を振り絞らないとできないようなこと。
要は、腰が引けてしまうこと。


腰ぬけな自分に幻滅しつつも、
そのことは常に心のどっかに置いておいて、
時々、一人で反芻してみたり、
人にそのことを話してみたり、
気張らずにメンテナンスしておけばいい。
だらだらと待っていればいい。


そうこうしているうちに、
自分が変化する。
世界も変化する。


ある時、
以前は清水の舞台のように見えたことが
なんだ、ひょいっと飛び降りれるかも、
という気がする瞬間がやってくる。


今なら、できるかも。無理なく。


そう思えたら、やればいい。
というより、
そう思えたら、必ずやる。
posted by まゆか at 22:05| Comment(2) | 働き方や考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月29日

医療改革法案

ちょっと前のことになるけど、
アメリカの医療保険改革法案が通過した。
よかったなあ、と思う。

要は、政府が責任を持って
医療の提供を行いましょう、
それにより、
市場に任せすぎたことによって生まれた、
医療費の異常な高騰を直しましょう、
というきわめてまともな法案だ。


可決までは、
ものすごい綱渡りの連続だった。
一時期はもうだめなんじゃないかと
言われていた。


さすが、自由の国、アメリカ。

政府の役割が大きくなることに対し、
例えそれが医療という、
日本みたいな国の人から見たら、
当然政府の役割でしょう、
というような分野でも、
政府の影響力が増すことに、
生理的嫌悪感、動物的警戒を示す人が、
相当の数いる。

(なぜか、そういう人たちは、
国防という分野における
大きな政府はサポートするのだけれど)


さすがキリスト原理主義が
勢いを持つ国、アメリカ。

そのうちに、この法案を通すことが、
中絶を後押しするかどうか、
という点が、議論の中心になってきた。

さらには、この法案を通すことで、
性的犯罪者にも保険で安く
バイアグラを提供することになる、とか、
もはや言いがかりとしか言いようがない、
反論も出てくる。


日本の政治の議論を見ていて、
なんで、こんなくだらないことで、
時間使っているんだろう、とか、
もともとは本質的だった議論が
いつからこんなにへんてこな話に
すりかわったんだろう、とか、
しょっちゅう思うけど、
でも、アメリカでの議論を見ると、
日本なんてまだまだ楽だし、
やろうと思えば理性的な議論も、
アメリカでやるほど難しくないだろう、
という気がしてくる。


だって。

人口の3分の一しか
進化論を正しいと思っていない国


法案に賛成した議員は
「抹殺されるべき」と公言する議員がいる国。

原油はがんがん掘って、
イランは先制攻撃すべきと主張する
サラ・ペイリンが
いまだ根強い人気を誇る国。


待つこと、聞くこと、の力を知り、
未来をきちんと見据えた
まっとうなオバマ政権が、
こうした勢力に
政権初期の段階で負けないで、
本当に、本当に、よかった。


これからも、
まっすぐであるがゆえの力を、
粘り強く発揮していってほしいと、
心から願っている。
posted by まゆか at 23:59| Comment(3) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月28日

こびとさん

私の中のこびとさん。

私なんかより、全然かしこくて、
物事がわかっていて、するどい。


でも、大人になったある日。

もう、いちいち、うるさいっ!
自分のことも、世間のことも、
私のほうが知ってるんだから、
放っておいてよ!

そう言って、
こびとさんにバケツをかぶせた。

バケツを蹴る音や、
ぎゃーぎゃー叫ぶ声は、
聞こえないふりをした。


その後、ずいぶん長い間、
さんざん意地と見栄を張って、
一人でもがいたあげく、
どうやら、こびとさんが正しかった、
ということに気づいてしまった。

気づいてもしばらくは
認めるのが悔しくて、
そのまま無視を決め込む。


そしたら、ふっと、
今ならこびとさんの言葉を、
素直に聞けるかもしれない、
って思う瞬間が訪れた。

心を静めて、せーの、で、
こびとさんのバケツをはずした。


こびとさん、
出てくるなり一言。

「ほんと、さいてーだな。
最初からわかってたんだろ」

そしてすかさず、
ぽかすかと、蹴りを入れてくる。


ごめんなさい、
ちゃんとこれからは、
言うとおりにします、と言うと、
こびとさんはこう言い捨てた。

「あたりまえじゃん。
だって、僕が君なんだからさ」
posted by まゆか at 23:14| Comment(0) | 詩のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月27日

今日は、一日、
スニーカーのような
ぺったんこの靴で過ごした。


なんと楽なんだろう。


足に気をとらわれずに、
歩けることの、この気持ちよさ。
抜群の開放感。

持病の胃痛がふっと
完治したかのような。


それは逆を返せば、
いつもは足に相当な痛みを抱え、
そこに意識の一部をふりわけて
生活している、ということになる。

本当に、いつも、足が痛い。
足の裏が焼けるように熱くなり、
フラメンコでたこだらけの足指上面は、
靴との摩擦で皮が破れ、
土踏まずは、つった感じが続く。


ハイヒールは、
プチ拷問である。


でも、だからといって、
毎日ぺったんこを履くかというと、
それはきっとしない。

どんな苦しい思いをしても、
女はやはりハイヒールを履く。
そういう生き物。

足を少しでも長く見せるため。
ばりっとした印象を見せるため。
気合を入れるため。


そんなところで気合いをいれず、
靴は楽なものを履いて、
意識は向かうべきところに
全集中させたほうほうが、
よっぽどいいに違いないし、
数センチ足を長くしたところで、
蚊のくしゃみみたいなもんだけどね。
posted by まゆか at 23:39| Comment(0) | 近頃思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月25日

夏時間

あれは確か留学1年目の春休み。
つまり、3月の半ばごろだった。

悩みつつ気が散りつつ、
ペーパーを書いてた。

ああ、全然終わらん...

デジタル時計(ケーブルテレビに連動)
に目をやると、午前1時だった。

再度机に向かう。
1時間ぐらいしてから、
時計に目をやると。


またもや午前1時。


あわわわわ。記憶喪失?
とうとう頭がおかしくなった?
エイプリルフール?

一瞬のうちに嵐のような、
混乱と推測におそわれる。

...何のことはなかった。
ちょうどその日のその時間に
夏時間へ移行して、
時計の針が一斉に1時間
戻っていたのだった。


午前1時を二回目撃した日。


次の日も、留学生を中心に、
若干時間の混乱があったのを
うっすらと覚えてる。


そして、今日。
朝8時からの電話会議。

やってしまった。

冬時間に基づいて
アメリカ側に時間を伝えており、
1時間待ちぼうけをくらわせてしまった。
まあ、会議はできたけど、
本当に申し訳ないことをした。
かなり落ち込む。

その後ネットで調べたところ、
今年は3月14日から夏時間だそう。

あれ?私、22日ごろに
ちゃんと世界時計のページで、
調べたのになあ。
その後に夏時間への切り替えが
起こったかと思ってたのに。

そして気づく。
そもそも参照にしていた世界時計のページは、
25日の今日になっても、
夏時間が反映されていないことを。
間違った時が刻まれ続けているのを。

そしてさらに気づく。
何の疑問もなく使ってたけど、
Google検索でJALの国際時計に次いで
2番目に示されるそのページは
誰かが趣味で作った
個人のページかもしれないことを。
結構運営は適当かもしれないことを。


いかに、常に、
ネット上の情報は
それが正しいもの、という前提で、
それを当然として行動してきたか、
ということを改めて思い知る。

もちろん、知識的な部分を
ネットに肩代わりしてもらうことにより、
人間はもっと違うことに
時間や労力を使えるようになり、
それにより、世界はぐっとテンポよく、
今までにないことが生まれるようになった。

それは、全体としてははるかに素晴らしいことで、
というか、むしろいいとか悪いの次元を超えて、
世界はすでにそうなっている、という話だけど、
それでもやっぱり落とし穴はある。
それに対しては、自分しか自分を守れない。


待たせた先生には
非常に申し訳なかったけど、
って、ここで懺悔したって意味ないけど、
でも、とてもいい勉強になった。


ちなみに、今年の夏時間、
Daylight savingは、
11月7日に終わります。

気をつけよう。

アメリカ東海岸との時差は、
現在13時間。
posted by まゆか at 20:49| Comment(3) | 英語・グローバル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月23日

変化

いつもの日常の延長戦の、
時間やお金の使い方では、
とてもできないこと。


留学をする、とか、
長期の旅行をする、とか、
好きなアートを購入する、とか。


その経験そのものが
自分にもたらすことより、
それをやろうと、覚悟を決めて、
時間やお金をコミットしたこと、
変わろうと一歩動いたことこそが、
ものすごく大きい影響を
生み出すんじゃないかと思う。


ある出来事が自分を変えるのではなく、
変わろうとした自分が自分を変えていく。
posted by まゆか at 23:57| Comment(2) | 近頃思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月21日

物語の世界へ

書く、ということについて。

このブログのような
エッセーに毛がはえたようなものは、
書けるようになってきた感じがある。
少しずつ、依頼を受けて、
こんな感じの文章を、
外向けにも書き始めたりしている。


次は、創作。物語。


と何度思えど、言い聞かせど、
はじめの一歩すら踏み出せず。
うんうんうなっている。

挙句の果て、
「『夢で起こった事を、
そのまま書き留めれば
お話になるような夢を見たい』
と思っている夢」
を見たりする始末だ。

もちろん、
そんな都合のいい夢や、
ストーリーの啓示など、
訪れてくれるはずがない。


物語を書くには、
ものすごい集中力で、
自分の奥底に潜むパワーを、
引きずり出さないといけない。

つかめそうでつかめない、
意識と無意識の境目辺りに、
心を静かに合わせていって、
そこに咲く花を摘み取らないといけない。


とりあえず、
自分の体と頭の状態を整えて、
まとまった時間を取るように
仕向けることから始めてみよう。
posted by まゆか at 18:55| Comment(0) | 書くこと、全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月20日

走る

ものすごい久方ぶりに、
近所を走ってみた。

いろいろなところに、
春が来ていて、
朝の香りが満ちていて、
とても気持ちいい。


特に疲れが取れるわけでもない
ぐだぐだした二度寝をするぐらいなら、
ぱっと起きて、毎朝走ればいいのに。

そうしたら気分もよく、
どことなくだらしなくなった
体も引き締まり、
頭もしゃきっとして、
朝刊も朝ごはんと共に読めて、
いいことづくしなのに。


昨日の夜寝るのが遅かった、とか、
ちゃんとストレッチをやった、とか、
ちょっと寒い、とか、
とにかくへんてこな理由をつけて、
最初の一歩が踏み出せない。


日経の「私の履歴書」で、
今、ユニチャーム創業者の、
高原慶一朗さんのお話が載っているけど、
(だんだん、ものすごく、面白くなってきた)
そこにこんな言葉があった。


人間は意識を変えようと思っても、
最初に意識を変えるのは
非常に高いハードルがあると考え、
意識の前に行動から入ることにした。

行動が変われば、
意識が変わり、
能力も変わる。

そうなれば習慣化して、
新たな革新の時も
行動から入ることができる。


そうそう。
走らないと、とか、
走ったら気持ちがいい、とか、
でも走るのは面倒くさい、とか、
ごちゃごちゃ考える前に、
とりあえず走ればいいんだよね。

もちろん高原さんが言っていることとは、
全然レベルの違う話だけど、
こういう日常での革新の
積み重ねの先にしか、
大きい革新もないよな、と思う。


とにかく、走ろう。
天気のいい日は。
posted by まゆか at 09:35| Comment(0) | からだ・脳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月19日

ライン

どこにラインがあるんだろう。
何が違うんだろう。


自分を除く誰もが反対したけど、
あれがあったから今の会社の発展がある、
という、一か八かの思い切った投資
と、
誰が見ても無理だったのに、
どうしてもやると聞かず、
案の定失敗した無謀な投資。


赤字でも続けたがゆえに、
30年後に芽を出した事業
と、
単に切れなくて
ずるずると継続している事業。


買ってでもする若い時の苦労
と、
心身を病むだけの苦労。


足るを知る
と、
覇気がない。


終わり
と、
はじまり。


そもそも全然違うのかな。
それとも、どっちと捉えるか、
どっちになるかは、
その人の心持ち次第なのかな。
posted by まゆか at 22:30| Comment(0) | 近頃思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月17日

ルノワール - 伝統と革新

この間、会社帰りに、
国立新美術館で開催中の、
ルノワール−伝統と革新」展に
行ってみた。


うーん...

見終わった後、
ものすごく疲れちゃった。
通訳をしたかのような頭の痛さ。


なんでこんな疲れたのかな。

私は美術館に行くと、
まず作者の名前も解説も見ずに、
ただ絵の前に立ち、
感じるところがあればそれを堪能し、
何も感じなければさっさと次に行く、
という見方で楽しむタイプ。

あまりにも有名で、
世界中のあらゆる場所で見ているせいか、
正直、ルノワールの作品からは、
ほとんど何も感じなかった。

とはいえ、会場中ルノワールなわけだから、
さっさと次に行くわけにも行かず、
必然、絵から目を移して、
作品の名前を見たり、
解説を読んだりし始める。
で、ふーん、と納得したりする。

つまり「頭で」鑑賞した。
(すでにその時点でもはや
「鑑賞」じゃないかもしれない)
だから、えらく疲れたんだと思う。


それと、ルノワールの絵は、
解説のビデオを見ると、
その時の環境や心境によって、
新しい画風が作られている、
とか言ってたけど(だから「伝統と革新」)
いやあ、どうだろう。
素人目にはほぼ変わってない。

いろんな人の絵がある中で、
数枚彼の絵を観るぐらいなら、
きっと楽しめるけど、
これだけ、たんまり、彼の絵が続くと、
途中からかなり食傷気味に。

芥川龍之介の「芋粥」のような。


「絵はきれいなものでなくてはならない」と
ルノワールは言っていたという。
彼にとってそれは女性の美であり、
だから執拗にその美を表現し続け、
リウマチで絵筆が握れなくなっても、
筆を体にくくりつけてまでして、
亡くなる直前まで、
絵を描き続けていたそうだ。
それは本当にすごいことだ。


でも、個人的には、
ピカソのように、何の躊躇もなく、
がんがん画風を変化させていくタイプの、
アーティストが好きだなあ。

あと、それまでは
輪郭のくっきりした写実的な絵しか
観たことがなかった当時の人になって、
光をそのまま閉じ込めて
ぼやぼやさせたような
ルノワールの絵を観て、
びっくり仰天してみたかったなあ。

なんてことを、
痛む頭を夜風で冷やしながら思った。
posted by まゆか at 22:39| Comment(0) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月16日

フジツボ

自分にとって本当に大切なこと。
自分が心から求めていること、

それが何なのか、
わかるのは、とても難しい。

あまりにも当然すぎて、
失ってからしか気づかなかったり、
これを選べばあっちは無理、
というトレードオフの中で、
だんだんとわけがわからなくなったり、
ある時期重要だと思っていたことが、
実は単なる思い込みだったことが、
後からわかって、で、後の祭りだったり。


でも、本来なら、
難しいことじゃないのかもしれないなあ。
だって、心は自分の中にしかないんだから。
すっごくシンプルなはずなんだよなあ。


あーあ。
心の周りにフジツボのように
ひっついている、
雑念やら思い込みやら通念やらを、
すべて、ばりばりと、ひっぱがしたい。

そして曇りのない、
つるっとした心で、
自分を、人を、世界を、
眺められるようになりたい。
posted by まゆか at 23:13| Comment(0) | 詩のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月14日

Ice Age

昨日の日経新聞に、
今年の就職内定率が
2000年の「就職氷河期」を下回った、
という記事が載っていた。

2000年って、私が入社した年。
内定率の推移のグラフを見ては、
へー、こんなボトムな年の世代だったんだ、
と後からびっくりしてた。


データとしてはほぼ同じ80%だけど、
でも、時代の色は全然違うんじゃないかと思う。
2000年と2010年は。


2000年は、とにかくITバブルだった。
結構身近に、起業する人や、
起業を考えている人や、
とりあえずそういうパーティーに行く人や、
ベンチャーに就職する人が、
どさどさいた。

「起業ってかっこいいし、できそう」
みたいな空気がどことなく流れてた。

その上、山一証券を皮切りに
名門金融機関ががんがん破たんするし、
霞が関は不祥事にまみれているし、
商社はITで存在意義を失うといわれていたし、
大きな組織に対する信頼はほぼ崩れてて、
自分のことは自分でやらなきゃあかん、
というムードも強かった。

だから、まあ、
生意気で息巻いてた気がする。
ワカモノが。

起業って甘くない。
かっこいいなんてもんでもない。
誰にも出来るんもんじゃない。
しかも足腰がしっかりしないうちから、
お金がどばどばつく環境だったから、
本来ならできたかもしれない地に足のついた成長が、
逆に阻害されてしまったところもある。
だからバブルは破裂するわけだけど。


でも、あの時にあった、
自分たちで未来が創れそうな空気って、
本当に貴重だった。

ただその時代に生まれたというだけだけど、
あの空気を吸えたことは、
とてもラッキーだった、と思う。
自分の中に未来へと向かう元気の核、
みたいなものを作ってくれた気がする。


一方で、2010年は、
その空気のないままに、
ただただ不況という時代だから、
もう、そりゃあ、しんどいだろう。

起業とかベンチャーという
オルタナティブもないから、
ますます大企業志向が強まり、
結果、社会の新陳代謝も悪くなる。

しかも結構な数の大企業は、
「このままじゃいけないとわかっているのに、
それまでの慣性でつい動き続け、
さらに状況は悪化する」
という悪循環にはまり込んでいるから、
雇用の受け皿としての力は、
全体として徐々に弱まっていく一方。

あー、学生、大変だろうなあ、と
つくづく思う。


人生のどこかである種の熱狂を体感するのって、
それが高度経済成長であれ、
80年代バブルであれ、ITバブルであれ、
いいことだね、きっと。

だから、それを体感できた世代の責任として、
未来のために何かできることがあるはず。


例えば、
学生とベンチャー企業をつなげる
プラットフォームを提供している、
同級生の友人の会社、スローガン、とか。
素晴らしい会社だ。


みんながこうだから、とか、
社会ではこうすることになっている、とか、
そんなのはいったん取っ払って、
それぞれがそれぞれの信じた道を
力強く歩みきる。

それが、未来の世代が、
「この時代に生まれてよかった」と、
思える土台づくりに
つながっていくんじゃないかな。
posted by まゆか at 09:35| Comment(0) | 企業・経営・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月13日

かものはし

この間、前職の上司で、
今人事コンサルをやっている方と、
久々にお会いした。

苦労を共にした昔のプロジェクトの話やら、
現在の仕事を通じて感じていることやら、
将来のビジョンやら、
盛り上がりすぎ、しゃべりすぎ、
気づいたら4時間半!

とことんまで考えつくし、
それを丁寧に選び抜かれた言葉や、
視覚が伴うアナロジーにしていく方なので、
さりげない一言一言に
ロジックとアートが両立する。

これまで人事コンサルは、
専門性に基づく細かな制度設計で
仕事をしてきた。
でも、今は、グローバル人材の育成や、
それを可能にする組織設計、といった、
戦略も人の心も組織の妙も
すべて織り込んだ提案をしていかないと、
本当の意味でのクライアントのニーズに
こたえられなくなってきている。

とはいえ、会社には、
そんなことが出来る人がほとんどいない。
というかそんなことが出来る人って、
日本にも数えるぐらいしかいない。
でも、とにかくやるしかない。
コンサルの仕事を取るためにも、
クライアントのためにも。

そんな今の心象風景を、
こんな風に説明してくれた。


僕らは、陸に住む哺乳類。
だんだんと陸の環境が悪化し、
えさも取れなくなってきて、
今は陸の淵で暮らしている。

目の前には青い海。
豊かな資源がたくさんある。

僕らの種は泳げない。
でも、とにかく飛び込んで、
溺れながら泳ぎを覚え、
海でも生きていけるような
突然変異的な進化を目指さないと
もう、未来はない。
できないだの苦手だの
そもそも無理だの、言ってられない。

そう思って飛び込んだ。
ついてくるやつもいるし、
首を振って陸にとどまるやつもいるし、
ばしゃばしゃどまりのやつもいる。

自分すらおぼつかないのに、
まわりを助けなくちゃいけなくて、
助けようとして溺れそうになったり、
もう、さんざんでぼろぼろ、だけど、
でもこれしか道はないから、泳ぎ続けるし、
海に飛び込むよう
後押しし続けるつもりだ。

やむにやまれぬ状態での
突然変異こそが、
進化の源泉だから。


この感覚、すっごいわかるなあ、と思った。
いろんな日本の企業を見ても思うし、
空中ブランコ」でも書いたけど、
自分自身についても感じていること。


飛び込んでみよう。
そして、一見カピパラなのに、
すいすいと泳ぐかものはしになろう。

大変でしんどいけど、
思いっきりおもしろい世の中に、
なってきた。うん、がんばろ。
posted by まゆか at 00:38| Comment(0) | 企業・経営・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月11日

Toyota Cars Are Safe (Enough)

New York Timesのオピニオンコーナーは、
秀逸な記事が多く、
ランチをぱくつきながら、
よくウェブ上で斜め読みしている。

今日もとてもいい記事を見つけた。

Toyota Cars Are Safe (Enough)

トヨタの問題について、
会社の品質管理や危機対応が
いいとか悪いとかいう話ではなく、
一連の騒ぎっぷりに警鐘を鳴らす、
という内容。


It worries me that this Toyota thing worries us so much.
(私にとっては、人々がこれほどまでに、
トヨタの問題を心配していることこそ心配である)


以下、この記事の、
「まゆかかく」エディション。

*****

車とは、年間3万人(米国内)を超える
死者を出す乗り物。
それでも、私たちは車に乗る。
車が生活にもたらす
恩恵のほうが大きいと考えて。

一方、乗っているトヨタのブレーキが利かなくなる
という不幸に見合う確率は、交通事故の数千分の1。

普段はるかに大きなリスクと引き換えに
車に乗ることを選んでいるのに、
針の先でつつくようなリスクを騒ぎ立て、
自分のトヨタがどうなるのか夜も寝れないとか、
全車リコールを求めるとか、
それって、どうなんだろうか。

人一人の命の重さは、
本来は同じはずだけど、
実際には異なるものとして扱われる。
ブレーキがきかなくなった挙句の事故死は
通常の交通事故死より、
重く大きくとらえられる。

政府やメディアの別の思惑も絡んで、
過剰なリスク評価に従った、
過剰な対応がなされる。

一部の害虫を駆除するために、
畑ごと燃やしてしまうように。

数千人が犠牲になった9・11が、
それをはるかに上回る犠牲者を生み続ける、
イラク侵攻につながったように。

今アメリカ人がすべきことは、
ある程度リスクは
トレードオフの一環として受容し、
リスクの本来の大きさに
見合った対応をすること。
過去の過ちを繰り返さないこと。

今、トヨタを買う。

それは、実はアメリカのためになる。

*****

アメリカって、そりゃいろいろあるけど、
いいなあと強く思うのは、
どどっと社会の大多数が熱狂したり、
政府がへんてこな行動をとったりしたときに、
必ず誰かが、冷静な目で反論し訴えて、
そしてその訴えをちゃんと理解し共鳴する
人がある一定数いること。

地に足がついた自己反省と、
多様な意見の共存。

どことなく自虐趣味的な
日本における日本批判や、
最大公約数が何となく全体の合意となる
この国の民主主義とは、
決定的に異なる何かがある。

と、この記事を読んで、
改めて思った。
posted by まゆか at 23:17| Comment(2) | 企業・経営・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月08日

空中ブランコ

最初はしんどかったことも、
続けているうちに、
案外楽にできるようになる。
体の中にある種の「型」ができるから。

調子よく、気分よく、
型にそって、ぽんぽんと続ける。


でも、そればかり
同じ形で続けていると、
均衡点で安住しているような、
過去の自分がつくったアセットを
食いつぶしているような、
もどかしい気持ちが
自分の中で芽生えてくる。

そんなときは、
思い切って型を手放してみる。


空中ブランコ乗りが、
もう一つのブランコめがけ、
宙に向かって、ぽーんと、
自分の体を投げ出すように。


最初は、空をきって、
落下するかもしれない。
でも、一度でもブランコをつかめれば、
つかんだ感覚を覚えた体が、
次のジャンプを助けてくれる。

そして、難易度の高いジャンプも、
自然とできるようになる。


続ける。
でも、とどまらない。
変わり続ける。


創造は、習慣の一歩先に生まれる。
posted by まゆか at 23:59| Comment(0) | 働き方や考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月07日

気持ち

言葉で表現しようとすればするほど、
うそっぽい感じがしてしまうものたち。


例えば、好きな人への想い。
例えば、アートへの感動。
例えば、身近な人たちへの感謝。


心のど真ん中にある気持ち。
人が生きている証。
posted by まゆか at 00:02| Comment(0) | 詩のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月05日

ボランティアの鉄則

このところ自分が会いたい人や、
会ってほしい人同士が、
ばったり会う、
という流れがあり、
いい感じだなあ、と、
にまにましていた。


そうしたら、この度、
全然違う意味で、遭遇すべき人と、
遭遇してしまった。


「やらなきゃいけないことリスト」
のトップに置きつつも、
やらないまま半年放置してきた
あるタスク。

いい加減やってください、
とお願いされて、そろそろ
重い腰をあげなきゃだめよ、
その気になれば数時間で済むでしょ、
と、自分に言い聞かせていた
まさにその時。


駆け込んだ電車。
私の横1メートルのところに、
そのタスクを最終的に
受け取るべき先生が、
立っていた。

その人自身とは
そこまで面識はなく、
私はマスクもしていたし、
髪型もだいぶ変わっているし、で、
その場は気づかぬふり。
日能研の問題解きに、
夢中になっているふりをしつつ。

でも心の中で、
「ひー、ごめんなさい。
わかりました。
早くやりますから!」
と一生懸命弁明する。


もとはといえば、
自分の怠惰はもちろんのこと、
ボランティアの仕事を、
義務感や強迫観念で受けたのが、
まずかった。


ボランティアを、
オブリゲーションでやろうとすると、
いずれ自己破綻する。

だから引き受けるときは、
頭も心も本気でやりたいと
思っているときだけにすべき。


何度も同じことを繰り返し、
人に迷惑をかけ、
自分も嫌な気分をいっぱい味わって、
ようやく学んだことだ。


本件については、
この遭遇を吉と捉え、
週末に片付けて、
すっきりした気持ちになろう。
posted by まゆか at 20:23| Comment(0) | 働き方や考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月04日

習慣のクローゼット

今年の抱負の「習慣」シリーズ。

習慣にしたいことの
ウォークインクローゼット、
みたいな場所が自分の中にある。

絶対に日々やったほうがいい、
(もしくはやめたほうがいい)
と頭ではわかっているけど、
まだ実際の行動にうつせていない
もろもろのことが、
そのクローゼットに
ぼんぼん放り込まれる。


運動とか、
語学とか、
料理とか、
創作活動とか、
常に綺麗な部屋とか、
暴飲暴食禁止とか。


あー、やらなくちゃなあ、と
自分に言い聞かせるのに、
どうしてもできず、
自分の甘さや弱さにあきれて、
そのうちに「まあいいや」と開き直る。
でもとりあえずクローゼットの中に
入れたままにしておく。
時々扉を開けては「あーあ」と思って、
またなえたりする、みたいなのを
うだうだと繰り返す。


それが、ある時に突然、
「あ、やってみようかな」という気持ちが
むくっと立ち上がる瞬間がくることがある。

そうしたらその機を逃さずに、
すかさずとりあえず一回やってみる。
そして、しばらく、集中して続ける。

そのうちに、
あれほど面倒くさがっていたことが、
少しずつ自分の生活に
無理なく組み込まれていく感覚が生まれる。

そうなれば、しめたもの。
すでに、習慣になっている。


料理、というのが、
どうにも鬼門だった。

なんとかせねば、という思いで、
アクセサリーデザイナーのともちゃん
開いてくれる素敵な料理教室に行っても、
彼女の、料理やおもてなしへの愛情を見ては、
やっぱり私には向いてない、とか言って、
復習をするどころか、
逆に料理をしない言い訳にしてた。

それが、先週末。
急遽、「あ、今晩作ってみよう」と思い立ち、
ともちゃんのレシピを一品だけ再現してみると、
あら、簡単。しかも美味しい。

その次の日は違うのを一品作る。
さらに次の日はまた別のものを...

まだほんの数日だけど、
料理がウォークインクローゼットから、
棚卸されつつある感じがしている。

食生活にも規律が出てくる。
相当、気分がいい。


ここ最近で、
朝晩ストレッチと、
ブログ書きと、
ゆったりお風呂と、
料理を、クリアしたっぽい。


残る棚卸ターゲットは、
中国語と、
ランニングと、
さらなる執筆活動。

うーん、こりゃどれも、大物だな...
posted by まゆか at 22:39| Comment(2) | 働き方や考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月03日

季節の音、香り

季節は音からやってくる。


8月の下旬、
まだうだるように暑いころ、
秋の虫の音が、
ひそやかに鳴り始めた。

合唱がりんりんと大きくなるにつれ、
秋も本格化。


暖冬だった年内。
肌の感覚としては、
まだ秋かしら、という時期に、
あれだけ空気いっぱいに
響いていた音が、
ぴたっと鳴り止んだ。

静かな夜に、
冬の到来を知る。


遅れてきた本格的な寒さに、
震えていた2月上旬。
華やかな朝の鳥のさえずりが、
聞こえてきた。

そうか、立春だ。


そして、音を追うように、
季節の香りがやってくる。

春は沈丁花。
夏は新緑。
秋はきんもくせい。
冬は澄んだ空気。


急にあったかくなったり、
その後またうんと寒くなったり、
気温をあてにすると、
わけがわからなくなる。

でも、音を聞けば、
そして香りをかげば、わかる。

まだ先だと思っていた季節が、
実はもう始まっているって。
posted by まゆか at 21:43| Comment(0) | 詩のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月02日

一言の力

混み合った電車の車内で、
黙って周りを押し分けて
ドアに向かう人を見ると、
大変なことするなあ、と思う。

たった一言、
「すみません」と声をかければ、
押したりなんかしなくても、
すーっと道ができるのに。
道をつくってくれるのに。

特に苦労せず降りれるから、
自分もいい気分だし、
押されて嫌な気分になる人もいない。
みんなwin-winだ。


東京は、人も多すぎるし、
スピードも速すぎるし、
空気も綺麗とはいえない。
ここかしこにストレスがたまっている。

そんなところに、真正面から
無言でぶつかっていったら、
より大きなストレスや、
場合によっては悪意だって
跳ね返ってくる。
そしてこっちも余計に気分が悪くなる。


そんなことせず、
ちょっと感謝の気持ちを込めて、
一言かけるだけで、
ストレスの下に隠れている
人の純粋な善意が、
すっと前に出てきて、
がぜん自分も生きやすくなる。
なーんだ、みんないい人じゃないか。


一言の力。
現代の都市で生きるすべ。
posted by まゆか at 22:41| Comment(2) | 近頃思うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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